【潜入レポート】「世界でわずか6人」しかいない“先生”が贈る特別授業…ある整備士養成学校が行った日本初の取り組みを追う | CAR CARE PLUS

【潜入レポート】「世界でわずか6人」しかいない“先生”が贈る特別授業…ある整備士養成学校が行った日本初の取り組みを追う

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カーラッピングの技術が事細かに学生に教えられる
カーラッピングの技術が事細かに学生に教えられる 全 26 枚 拡大写真
カーラッピングを教育の一環に―

10月末。新潟にある自動車整備士養成学校で、全国初となる試みが行われた。それが、整備士養成学校でのカーラッピング授業だ。

フィルムメーカーのエイブリィ・デニソンの認定トレーナーを務める、伊藤紀章氏(K planning network代表)と山口孝二氏(ヤマックス代表)が、学生に知識や技術を伝えるというもので、今回その現場に潜入し、取材を行った。

「産学連携」でカーラッピングの裾野を広げるための活動。より多くの人に、その魅力を伝えようとする人々の取り組みを紹介したい。

◆世界でわずか6人しかいない認定トレーナーが来校

上越新幹線の終着地「新潟駅」からクルマで10分ほどの場所にある、新潟国際自動車大学校。ディーラーや専業工場に多くの若き整備士を輩出し続ける、“整備業界の入り口”とも言える場所で、業種の枠を超える今回の特別授業が行われた。



参加したのは、同校の車体整備科3年生と、カーデザイン科の1、2年生の学生達。自動車業界で働くことを目指す若者達の経験の場として、学校が用意したのがこのカリキュラムだ。

講師を務めた伊藤氏と山口氏はともに技術者ながら、国内外問わず多くのプロ相手に講習を行うトレーナーとしても名を馳せている。

この道20年以上の経験を誇る伊藤氏は、カーラッピング創生期から技術者として活躍。今も第一線で業界をけん引する人物で、“粘着ジャーナリスト”という肩書も持つ、まさに生き字引的存在だ。



一方の山口氏も、確かな腕を持つラッピング職人で、日本カーラッピング協会でカーラッピング部会長という要職に就いている。またドリフト競技の最高峰「D1グランプリ」ではドライバーとしても活躍。「技術者」、「講師」、「役員」、「ドライバー」といくつもの顔を持つマルチプレーヤーだ。



両氏はともにエイブリィ・デニソンの認定トレーナーとして日々技術を伝えているのだが、同社が正式に認めているトレーナーは世界でもわずか6人しかいないそうだ。そのうちの2人が来校するとあって、授業を待つ生徒の顔も、自然と期待に満ちあふれていく。



◆座学でフィルムの特徴を説明

授業はまず、エイブリィ・デニソンのフィルムが持つ特徴や、それを生かした施工方法など知るために座学からスタート。基礎知識が植え付けられていく。





ここで、少しその講義の内容を紹介する。同社のフィルムの最大の特徴は、粘着材の表面に特殊加工が施された「Easy Apply RS技術」が駆使されていること。これにより、フィルムを置いた後、軽く滑らせるように位置取りをすることが可能となり、施工効率が大幅に上がるのだ。

この他、局地的に熱をあてることで、シートの形を固定する「ポストヒーティング」という技法も教えられた。塩ビでできているフィルムは施工時に伸ばすと、元の形に戻ろうとする力が働く。これが思わぬ剥がれの原因などに繋がるのだが、この技法を使うことで、シートは戻りづらくなる。

この2つは、施工の際に必要な知識となるため細やかに教えられた。しかし「たくさんの時間、カーラッピングに触れてほしい。そうでないと分からないことが多い」という講師の願いもあり、それ以外の部分は概要の説明のみに終始。普段の講習では3時間程度行うという座学が、この日は1時間のショートバージョンとなった。学生時代、机に座り続け授業を受けるのが大の苦手だった著者。この“粋なはからい”がどれほど嬉しいかは、学生の顔を見なくても察することができた。

◆いざ実践!…も悪戦苦闘の学生達

ここからは実際にカーフィルムに触れ、クルマに貼っていく実戦型の授業となった。さすが整備士養成学校の学生だけあって、先ほどまでの座学で見せていた真剣な表情とはうって変わり、クルマを前にした時の楽しそうな表情は、見ていてほほえましい。興味津々にフィルムを触る様子は、まるで新品のおもちゃを見つけた時の子供のように映った。





伊藤氏と山口氏が“簡単そうに”行う作業も、慣れない学生達は悪戦苦闘。その難しさを知った後には、施工方法の説明が行われる度に「おー!」とか「すげー!」という歓声があがる。

4つのグループに分かれて行われた実習では、講師の2人は各班を忙しそうに回っている。その都度一緒に作業を行ったり、カッターの使い方から、実際にラッピングをする作業にいたるまで、事細かにポイントの説明が行われた。







作業中、伊藤氏は普段ラッピングの技術を教える時、意識していることを教えてくれた。

「例えば、カットする場所を教える時に“この辺りで”みたいな曖昧な表現は使いたくありません。それでは、自分一人でやる時に、分からなくなってしまいますから。全て明確な答えを出して、それを教えることを心がけています」

少ない講習期間で、完ぺきに技術をマスターする人など少ない。だからこそ、先に理論を教えるのだ。理屈を覚えることで、技術が後から付いてくるということは、カーラッピングに限らず、多くの物事に通じることかもしれない。



それは山口氏も同じで、以前話を聞いた時に「うちのスクールでは理論を徹底的に教えます」という信念を語ってくれた。そして、この日、実際に教えている姿を見て、その言葉の真意を実感した。「シートにシワができた時には、そのシワに対して90度に引いてください」、「凹凸が一番大きい場所から形を作ってあげる」…どの説明も感覚的なものは一つもない。



すると著者のようなシロウトが見ても、時間が経つにつれ明らかに学生たちの作業が、開始時とは違ってきているのが分かる。







終盤になると、自分たちで意見を出し合いながら作業する姿も目立つようになってきた。最初「すげー!」と歓声を挙げながら見ていた作業も、この頃になると堂に入ったようにこなしている生徒たち。授業終了までには、すべてのグループが作業を終え、立派にラッピングされたクルマが並んでいる。どれも一見すると、初心者がやったものとは思えないクオリティーだった。







◆「学生達に可能性を広げて欲しい」という学校の想い

今回の取り組みについて、新潟国際自動車大学校の大堀和幸先生に話を聞くと、学校としてのこんな願いを聞くことができた。

「もともと本校は“オンリーワン” 、“ナンバーワン”という言葉を掲げていて、カスタムペイントやデントリペアなど、整備分野以外のものも積極的に授業に取り入れています。今回、体験型の授業としてカーラッピングに注目し、授業のお願いをしました。学生達には様々なものを経験して、自分たちの可能性を広げて欲しいです」

実は今回の特別授業開催にあたり、同校の先生達は事前に伊藤氏、山口氏の講習を受けて臨んでいた。その話を聞くだけでも、学校の本気度が伝わってくる。今後も定期的にカーラッピングの授業を行う予定で、ゆくゆくは授業のカリキュラムに組み込むことも視野に入れているのだという。



実際に作業を行った生徒に話を聞くと、「違う分野の作業を学ぶことで、自分の力を試すことができました。知らなかったことを学ぶことができ、いい経験になりました。今日学んだことが必ず役に立つ日が来ると思います」という言葉が、達成感に満ち溢れた笑顔とともに返ってきた。学校が抱く想いは、確実に学生にも伝わっている。





◆裾野の拡大を目指して

伊藤氏は「盛り上がっていると言われているカーラッピングですが、実際に施工されているのはまだクルマ全体の数%に過ぎません。教育の一つに組み込まれるものになって欲しいという気持ちはずっと持っていたので、今回の授業が持つ意味は大きいです」と感想を語った。

授業の最後には山口氏が生徒に向かって「ユーザーに対してカーラッピングは効果が分かりやすく、喜んでくれているのがとてもよく分かります。仕事として楽しいです」と、職業にすることの魅力も伝えられた。

気軽にカラーチェンジができるといったファッション的な側面だけでなく、車体を保護し、長く愛車に乗ることにも繋がるカーラッピング。ボディを華やかに彩るカスタムの裏側には、このような草の根活動を続ける人々がいる。裾野を広げるための“布教活動”は、まだまだ始まったばかりだ。

《間宮輝憲》

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