【岩貞るみこの人道車医】「VR酔い」はなぜ起きるのか…GTプロデューサー山内氏に聞いてみた | CAR CARE PLUS

【岩貞るみこの人道車医】「VR酔い」はなぜ起きるのか…GTプロデューサー山内氏に聞いてみた

特集記事 コラム
自動車開発現場にVRは浸透するのか。画像は『グランツーリスモSPORT』のVRモード
自動車開発現場にVRは浸透するのか。画像は『グランツーリスモSPORT』のVRモード 全 3 枚 拡大写真
【人】自動運転の開発にも活きるVRの課題とは

実車を使って行うことがむずかしい実験には、ドライビング・シミュレータを用いることが多い。「完全自動運転中、ドライバーが本を読んでいるとき、システムが突然、『限界ですから、運転を代わってください』と呼びかけてきたら、ドライバーは何秒あれば運転できる状態になるのか?」などといったものも、シミュレータなら安心して実験ができる。

けれど、そもそもシミュレータ自体が本物のクルマとは大きく異なる。だいたい、景色はコンピュータのディスプレイが並べられているようなものがほとんどだ。画面を増やして立体感を出しても、違和感はどうしたってぬぐえない。人が自動運転を使いこなせすかどうかの実験以前に、シミュレータに慣れることができず、まともなデータがとれるのか疑問だらけだ。

アウディをはじめ、欧州ではVRの活用が広がっている。眼前に広がるのはVRの世界だ。日本のシミュレータも、どんどんVRにしちゃえばいいのに。そう思って、シミュレータを開発する人に尋ねたところ、VR酔いがあるので導入しにくいのだそうだ。ふむ。たしかに2017年の東京モーターショーでも某VRで酔った参加者がリタイアする姿も目にしている。

VR酔いの原因は、映し出される画像の遅れである。視線を移動させたときに画像がわずかに遅れて表示される時間差が、酔いを引き起こす。脳の研究者によると、時間差をむすびつけやすい脳の人は酔わず、そうでない人が酔うらしい。また、その部分が発達しきっていない子どもも、VR酔いを起こすのだそうだ。子どもがクルマ酔いしやすいわけである。ちなみに、脳の老化でこの部分の機能が低下してもVR酔いするらしい。歳をとって船酔いやバス酔い、観覧者で酔うようになったという人は脳の老化のせいかもしれない。

◆運転に「現在」は存在しない

自動運転の開発にも一役買うと思われるVR化。VR酔いをなくすためには、どうすればいいのだろう。と、思っていたとき、タイミングよく、世界的に大人気のプレイステーション向けドライビング・シミュレータ『グランツーリスモ』のプロデューサである山内一典氏にお会いできたので聞いてみた。

山内氏によると、クルマの運転は「過去」と「未来」で行われ、そこに「現在」はないのだという。もともと、人間の脳は目で見たものに対して未来を予測するように動く。山内氏はこれを「投機的に動く」と説明する。飛んできたボールをつかめるのも、数秒後には手元にくると予測して手を動かしているからだ。クルマの運転も、クルマの動きを予測しつつハンドルを動かしていく。この部分は「未来」だ。ハンドルを動かすと、力がタイヤの表面に伝わり、タイヤのゴムがじわりと曲がる。さらにサスペンションに伝わって、ボディに動きがあり、それをドライバーが感じ取る。これらは、ハンドル操作をしたあとに生じる「過去」の挙動だ。クルマが向きを変えたことを感じたら、ドライバーは、さらにクルマをコーナーの先へ向かうようにとハンドルを操作する。ほー。過去の情報を元に未来を予測して運転する様子を、動作を分解して説明されるとなるほどであるが、それにしても「現在」が存在しないとは意外である。

未来を予測するように動く脳だが、酔いは、この予測と違うことが起きたときに「一瞬で」起こるという。私はこれまで、酔いは少しずつ積み重なってヤバい一線を超えたときに酔ったと認識すると信じていたのだが、そうではなく、一瞬で酔い、積み重なっていくと酔いがひどくなるようだ。言われてみると、船酔いは、「あれ、酔っている?」と感じる瞬間がある。そうか、あれがそうだったのか。

◆リアルな景色よりもリアルな視界ができるのも遠くない

画像を作っていくうえでは、いかにこの一瞬で起こる酔いを起こさせないかが勝負になってくる。ポイントは3つ。レイテンシー(データ処理に伴う遅延)、フレームレート(単位時間あたり処理させるコマ数)、解像度(画像の密度)だ。レイテンシーは、グランツーリスモで現在、0.05秒ほど遅れるらしい。また、フレームレートは、一般的なテレビの画像は60コマ/秒であるのに対し、グランツーリスモは120コマ/秒で作っている(物理計算は60フレーム/秒、表示は120フレーム/秒。リプロジェクションというVR特有の技術)ものの、これも今後、240コマ/秒まで上げようとしているそうだ。リアルな画像を上回っているくせに、さらにその倍までなめらかに動かそうとしているわけだ。加えて解像度も、もっと高めたいという。

しかし、この3つは、細かくやればやるだけ、当然、作業量も増え時間がかかる。しかも、とんでもなく。そして、クルマの運転は、車線変更のときを想像するとわかるように、左右に視線をさっと走らせて確認する動きが頻発し、画像制作チームにしてみれば一番厳しい条件が要求される。これに対し、山内氏は、「見たい目的の部分はしっかり描きこみ、視線を動かしているときに視界に入る部分は逆に作りこまない」ことで、対応できるのではないかという。

山内氏の話を聞いていると、VR酔い撲滅の目途はたっているどころか、リアルな景色よりもリアルな視界ができるのも、そんなに遠くない気がする。ドライビング・シミュレータも、早くVR化されて、リアルな実験データがとれるようになるといいのにと本気で思う。自動運転でHMIが他国に遅れないよう速度感をもって開発できるかどうかは、VRのシミュレータの完成度にかかっているような気がする。

岩貞るみこ|モータージャーナリスト/作家
イタリア在住経験があり、グローバルなユーザー視点から行政に対し積極的に発言を行っている。主にコンパクトカーを中心に取材するほか、最近は ノンフィクション作家として子供たちに命の尊さを伝える活動を行っている。レスポンスでは、アラフィー女性ユーザー視点でのインプレを執筆。9月よりコラム『岩貞るみこの人道車医』を連載。

《岩貞るみこ》

この記事の写真

/

特集