【岩貞るみこの人道車医】軽井沢スキーバス転落事故から2年、「速度制御」実現に向けた課題とは
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2016年1月15日の深夜に起きた軽井沢スキーバス転落事故から2年がたった。改めて亡くなられた15名のご冥福をお祈りすると同時に、その家族や友人、怪我をした方たちに少しでも心の平穏が訪れるようにと願うばかりである。
車内で頭部同士がぶつかって致命傷になったケースも見受けられるという報道を受け、あのとき、もしも全員がシートベルトをしていたら、結果は違っていたかもしれないと思うと悔やまれる。さらに、もしもガードレールがもっと屈強だったなら、もしも、自動事故通報システムがバスにも普及していて、事故現場がすぐに特定できたなら、もしも、もしもと、挙げていけばきりがない。いまある技術だけでも改良や普及で、もっと救える命があったはずだ。
事故原因のひとつが、運転士の運転技術不足というのも厳しい事実である。空を飛ぶ飛行機やヘリコプターの操縦士には健康管理や技術の維持がしっかりと求められ、制度もほぼ完成した状態であるのに対し、道の上を走る旅客車両の運転士の状態管理はものすごくずさんだ。
もっとも、厳しくしすぎれば企業は(個人事業主も)収益を上げることがむずかしく、なり手がいなくなるか料金が跳ね上がる。徹底的に厳しく管理しろとはいいにくいけれど、それでも最低限の技術や健康状態は必須なのだと改めて思う。そして、こうした事故を防ぐために、車両や道は、なにができるのかも考えていかなければいけないだろう。
◆事故を受け重要課題として取り上げられた「ISA」とは
この軽井沢スキーバス転落事故を受けて、加速した技術開発がある。1991年に設置された先進安全自動車(ASV)推進計画の第6期計画(2016年~)にISA(Intelligent Speed Adaptation。走行中の道路の規制速度に応じて車両側で自動的に速度を制御するもの)が、今期の重要課題として取り上げられたのである。すでに市販されているクルマの多くにはカメラが装着され、速度標識の画像を認識してインパネなどに映し出す機能がついている。これをさらに発展させて、速度制御などを行おうというものだ。
実はこの技術、すでに欧州では展開されている。アウディなどに装着され、市販されているのだ。けれど、残念ながら日本に輸入されるときには、その機能は外されている。アウディの広報に確認したところによると「ドイツの技術者が日本の道を見てまわった結果、標識がさびていたり、木に覆われて見えなくなっていたりで、性能を発揮できないため」とのこと。たしかに、家の塀からはみ出した枝で標識が見えなかったり、地方に行くと、さっびさびだったり折れていたりという惨状が至る所にある。人間なら読めるけれど、機械ではむずかしいということだ。
となると、日本全国津々浦々にある標識を、すべて整備しなければ、この技術が車両についても効果は発揮できないということになってくる。ところが、整備するためのネックが2つもある。
◆速度制御の実現に向けた課題
ひとつは、他人の枝を勝手に切り払えないということ。えええー、そうなのお?と、その事実を聞いた時、私の目は明らかに点になっていた。だって、領空侵犯じゃん! おかしいじゃん! と、私がわめきたてたところで法律は変わらない。法律によると、根っこが自分の土地(この場合は、道路所有者。主に、国とか県とか区)にはみ出してきたときは切っていいのだが、枝は、ダメなんだそうだ。うっそー。この原稿を書いていてもそんな理不尽なことは信じられない思いでいる。
この事実を説明してくれた某道路管理者は、「道路脇に立っている木が倒れて人や車に危害を与えたときが大変なんです」と、しょんぼりとしながら教えてくれた。この木、どう考えても危ないよね。次の台風で強風が吹いたら道路に倒れそうだよねと思っても勝手に切ることは許されず、木の生えている土地の所有者に切ってもらうようお願いするしかないらしい。で、頼んでみると、「んじゃ、切っていいよ。その代わり、費用はそっちもちね」という所有者がとっても多いのだそうだ。もしくは、「切るのはいやだ」と言われ、切らずにいて木が倒れて事故になると、道路管理者に責任が問われるんだとか。ひどい話だ。これ、法律、変えられませんかね?
ふたつめは、さびたり折れたりしている標識をすべて美しくきれいなものにするためには、ものすごーくお金がかかるということ。警察庁も、標識のレベルが悪化していることは認識しているものの、どうしても予算がないというのが本音のようである。
では、速度制御の実現はむずかしいのかというと、そうでもない。ISAにはいろんなタイプがあり、技術的にも完成したものがある。車両の速度リミッターを運転者が独自に設定する機能など、メルセデスベンツでは10年以上前から採用しているし、カーナビの機能を用いて一般道と高速道路を読み取り、制限速度を伝える方法だってある。実際、新型『レクサスLS』ではカーナビ情報を利用した速度制御を取り入れているし、メルセデスも東欧やイタリア南部などの標識整備率の低いエリアを見据えて対応を図っている。
また、冬のスキーシーズンを迎えている今、2年前の事故の記憶が鮮明によみがえり、改めてこうした技術の早期普及を求めるばかりだ。そして、スキーバスなどに乗る人、クルマの後部座席に乗る人も、シートベルトをしっかりね。
岩貞るみこ|モータージャーナリスト/作家
イタリア在住経験があり、グローバルなユーザー視点から行政に対し積極的に発言を行っている。主にコンパクトカーを中心に取材するほか、最近は ノンフィクション作家として子供たちに命の尊さを伝える活動を行っている。レスポンスでは、アラフィー女性ユーザー視点でのインプレを執筆。9月よりコラム『岩貞るみこの人道車医』を連載。
《岩貞るみこ》
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