【岩貞るみこの人道車医】渋滞はうんざり!高速道路での完全自動運転への道のりは
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これを改善しようというのが自動運転技術の目的のひとつで、トンネルだろうが、サグだろうが速度を落とさずきれいに走っていけば渋滞は起きないというわけだ。渋滞がなくなれば二酸化炭素排出量が減らせ、資源を有効活用でき、経済効果も上がる。なるほどそれなら、高速道路だけでも、早く完全自動運転に!
高速道路なら一般道と違い、歩行者も自転車もいない。交差点もないので右左折するようにクルマ同士の動線がクロスするようなこともない。技術的にも楽なのだ。せめて渋滞のときだけでも完全自動運転スイッチオンにできるようにならないものだろうかと真剣に思う。だって、渋滞にはまっているときほどむだな時間はないのだから。
◆クルマを便利なものにするために
自動運転が社会に普及するかどうかは、商品価値にかかっている。ユーザーは、それだけのお金を払う価値があるかどうか。その点、盆暮正月黄金週間に帰省や観光で移動しなければいけない人、渋滞にはまるとわかっていてもクルマを走らせなければいけない人にとっては、とても価値があると思う。
渋滞のときに、ほかのことができれば。運転係のお父さん(注・ジェンダーうんぬん言うつもりはなく、ここでは多数決的にお父さんという言葉を使用)は休めるので、目的地に到着したときに元気が残っている。となりの席でお母さん(注・同上)が口を開けて寝ていたとしても、むかつくことはなく、目的地に到着したときにお互いの関係が有効に保てる。夫婦の関係性が向上すれば、同乗しているほかの家族、特に子どもたちにも好影響になる。渋滞時によく発生する追突事故も回避でき、「せっかく楽しい思い出をつくるために遠出したのに台無し!」と、黒い暗黒の思い出作りにならないですむ。
若者のクルマ離れだなんだといっても、やはりクルマはドア・ツー・ドアで動ける便利な乗り物だ。公共交通機関の乏しい地方都市に行くならなおさらだし、そもそも小さい子どもがいる家族は荷物がやたら多くなるので、電車での移動は大変なのだ。電車内で子どもがギャン泣きしたら、まわりの目も厳しい昨今、密室空間が保てるクルマほど楽な乗り物はない。
ふだんはクルマは使わない、持っていないというのなら、それこそレンタカーやカーシェアで利用すればよいと思う。業者にしてみれば、盆暮正月は利用者が重なり、その他の時期は借り手が少ないから商売にならないかもしれないけれど、サービスを展開する事業者さまに於かれましては、シルバーウィークやらふだんの週末やら三連休やらうまくまわしてがんばっていただきたいところだ。
◆完全自動運転への道は
そもそも、新たな技術を開発しなくとも、渋滞時の完全自動運転なら今ある技術でかなり対応できる。ただし、問題は法律だ。「周囲の監視義務は運転者にあり」。ジュネーブ条約やウィーン条約でこう決められ、日本はもちろん地球上のほとんどの国はどちらかに加盟している以上、運転者は運転席で眠ることは許されないのである。
やっぱりまだダメなのか。そう思いながら、渋滞中のクルマがすべて完全自動運転で走る姿を思い描く。車内でくつろぐ家族。ゲームをしたり歌を歌ったり、楽しそうに過ごす姿は、もはや移動ではなく、家族団らんの空間である。あれ? でも待てよ。高速道路上ですべての車両が完全自動運転になったら、インターチェンジから入ってくる車両は、どうやって合流するんだろう? サービスエリアで休憩を終えたクルマもしかり。残念ながら今ある技術は、前方を走るクルマには一定速度と車間維持でもって追従できるけれど、わきから合流してくるクルマに対して道をゆずるという技術は、いまひとつ確立されていない。
そうか、やっぱりまだ、完全自動運転への道は遠かった。それでもいまある自動運転技術をうまく利用し、お父さんの疲労軽減、高速道路の運転が苦手というお母さん(注・理由は同じ)も、安心して運転が代われ、日々、仕事にいそしみ、休暇も家族サービスにいそしむお父さんが少しでも休めて一家に幸せな休日がくることを願うばかりである。
岩貞るみこ|モータージャーナリスト/作家
イタリア在住経験があり、グローバルなユーザー視点から行政に対し積極的に発言を行っている。主にコンパクトカーを中心に取材するほか、最近は ノンフィクション作家として子供たちに命の尊さを伝える活動を行っている。レスポンスでは、アラフィー女性ユーザー視点でのインプレを執筆。9月よりコラム『岩貞るみこの人道車医』を連載。
《岩貞るみこ》
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