「移動」は、手ごろで簡単な、幸せになる方法【岩貞るみこの人道車医】
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東京都で非常事態宣言が続いた約2か月間、私は家に居続け、会議も打ち合わせも飲み会も里帰りもリモートだった。これはこれで、化粧しなくていいし、着替えなくていいし、なにより往復する時間がいらない。取材相手が北海道や九州にいても画面越しにインタビューできるので、逆に効率的だったりする。
私の仕事の場合、もうこれでいい。いや、この方がいい。しかし、悶々とするこの感覚はなんだろう?
そんなとき、興味深い研究結果を教えてもらった。
「人はあちこち移動すると、幸せになる」というのである。
やっぱり!
家にこもりきりな私が悶々とするわけだ。ふだんはクルマで走り回り、ときには飛行機に乗って取材にいく。ルーティンな往復だけの通勤とは異なる、新鮮でわくわくする移動こそが、私の幸福度を高めていたのである。
そういえば、以前、小児病院に入院している子どもたちを勇気づけるファシリティドッグのベイリー(現在は引退し、ほかの犬たちが活躍中)の取材をさせてもらったとき、ハンドラーの森田優子さんが言っていた。
「朝と晩、それぞれ1時間の散歩に行きますが、毎回、違うルートを歩くよう心掛けています。」
どうやら、それが犬のためによいとファシリティドッグを育てた施設に言われているとのこと。人間だけじゃない。犬だって、新しいところや久しぶりの景色(や匂い?)に触れることで、わくわくして楽しくなるのである(勝手な推測。犬の本音はわからない)。
◆移動=経験の積み重ね
やっぱり移動だ。
移動は幸せになるために、必要なのである。いくらテレワークだ、リモート会議だ、便利だ、合理的だ、活用せよ!といわれるようになっても、人は、移動して新しい経験を重ねることで、楽しく豊かな人生を送れる。前述の研究結果は、それを証明してくれたのである!
気をよくして、その論文を探してみた。
科学誌「Nature」系の「Nature Neuroscience」に2020年5月18日に投稿された「Association between real-world experiential diversity and positive affect relates to hippocampal-striatal functional connectivity」(筆頭著者はマイアミ大学心理学のAaron S. Heller氏)である。
タイトルをGoogle翻訳に貼り付けてみると「現実世界の経験的多様性とポジティブな感情との関連は、海馬と線条体の機能的結合に関連しています」と変換された。
ちなみに、海馬は脳のなかでも学習したり経験したりした新しいことを記憶していく部分。記憶が古くなると整理されて大脳皮質にしまわれるらしい。線条体は、行動と快楽を結び付ける部分のようだ(※アバウトですみません。脳科学の専門家から叱られそう)。
この論文は、脳科学系のものなので、脳の機能についての記述が多い。正直、私は脳の機能についてはよくわからないけれど、要するに、「さまざまな経験をすると、ポジティブになり楽しくなる」ということのようだ。
概要には、「居場所の追跡調査をしたところ、毎日いろんなところに行くことが、人間にプラスの影響を与えている(注・勝手なイワサダ訳)」とある。移動せずに家にこもったりするよりも、あちこち移動する行動が快楽に結びついていくというのである。やっぱり移動だ。移動が幸せを呼び起こすのだ。クルマばんざい!
◆移動は、手ごろで簡単な、幸せになる方法
しかし、荒い鼻息を落ち着かせつつ本文の最初の部分を読んでみると、「日常のさまざまな経験が感情によい影響を与えることがわかった」とあり、ジオロケーショントラッキング(移動の追跡)は、研究の手法のひとつとして使ったということが読み取れる。
つまり、ここでいう幸せをもたらすという様々な経験は、移動に限った話ではないということか。現在、旅行代理店などが展開している「VRによる観光旅行」でもいいということ? 移動肯定派として、それはちょっと、いや、かなり残念な気がする。
そしてふと思う。今回のマイアミ大学の研究はアメリカで行われており、被験者の多くは元狩猟民族であることが推測できる。今回の研究成果は、元農耕民族であり、一か所にとどまりながら生活をしてきた日本人にも当てはまるんだろうか?
いやいや。弱気になっていてはいけない。移動も多様な経験であることは間違いない。人の脳が、何に喜びを感じるかは個人差があるけれど、少なくとも私の脳は移動による体験でドーパミンが出るのだ。
移動は、手ごろで簡単な、幸せになる方法であることに変わりはないのである(断言)。
岩貞るみこ|モータージャーナリスト/作家
イタリア在住経験があり、グローバルなユーザー視点から行政に対し積極的に発言を行っている。主にコンパクトカーを中心に取材するほか、ノンフィクション作家として子どもたちに命の尊さを伝える活動を行っている。レスポンスでは、アラフィー女性ユーザー視点でのインプレを執筆。コラム『岩貞るみこの人道車医』を連載中。
《岩貞るみこ》
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