【岩貞るみこの人道車医】身近な人が目の前で倒れたとき、あなたは行動できますか?
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相撲協会の八角理事長はすぐに「行事が動転して呼びかけた。不適切な対応だった」と謝罪の意を表したが、行事に責任を押し付けたようで、どうも納得できない。今回の件は、もしも土俵上でなにかあったらどうするべきか、相撲協会はまったく想定していなかったわけで、あまりのリスクマネジメントの甘さに愕然とする。駆け付けた救急隊員が女性だったら、いったいどうするつもりだったんだろう。
この原稿を書いている時点での報道によると、土俵に駆け上がった女性は看護師がほとんどだったとのこと。彼女たちは、倒れている人を取り囲んでいる男性たちの対応のひどさに「これではダメだ!」と感じたと推測できる。
◆胸骨圧迫(心臓マッサージ)は力仕事だ
意識がないなら、すぐに胸骨圧迫(以前は心臓マッサージと呼ばれていたもの)を開始する。これは、応急手当の基本中の基本である。有名なカーラーの救命曲線では、心臓停止後3分で死亡率は半分になる。死亡しなくても心臓が止まり、脳に血液がいかなくなったら脳細胞はみるみるうちに死んで後遺症が残るのだ。ぼーぜんと見ている場合ではないのである。
そして、この胸骨圧迫というのは、ちょっとむずかしい。応急手当のテキストには、
「十分な強さと、十分な速さで、絶え間なく圧迫する」
とある。強さとは押し込む深さのことで、成人の場合は胸が4~5cm、沈むくらい。早さは、一分間に100回のペースで、私が応急手当の講習を受けたときは、当時、流行っていた「世界に一つだけの花」がちょうどそのくらいだと教えられた。
まあ、速さはいいとして、問題は強さ=深さである。私はその後、応急手当普及員の資格をとり、何度か更新をしているけれど、3年たつと深さの感覚はなくなってくる。いっしょに更新講習を受けている人を見ても、「あなた、それじゃ絶対、心臓に力が届いていないよね?」という浅く緩く押している人が半分以上いる。せっかくやっても、心臓がぎゅっと押されてポンプのように動かなければ、全身に血液はまわらないのだ。
女性がひとりではなく、その後、何人も土俵上に駆けつけたのは、もうひとつ理由があるとふんでいる。それは、人数だ。
胸骨圧迫は、力仕事だ。2分も行えばへとへとになる。体験したことのある人なら、ここで大きくうなずいていることだろう。ところが、救急隊が現場に到着するのに、全国平均では8分ほどかかる。地方エリアなら、当然、もっとかかることだろう。その間、胸骨圧迫を続けるのは、大変なことなのだ。となると、交代要員がいる。「私、次、代わりまーす!」「では、3、2、1でお願いします、3、2、1、はい!」。絶え間なく胸骨圧迫をするためには患者に対し、いま行っている人とは逆サイドにひざまつき、両手を準備したタイミングで声をかけながら交替する。これもかなりむずかしい。特に、正しい位置に手をそえるには、慣れが必要なのだ。おそらく、これはあくまでも私の推測でしかないけれど、土俵上に上がった彼女たちはそれを知っていて、体が動いたのだと思う。
◆身近な人が目の前で倒れたとき、あなたは
それにしても、倒れた人を目の前にして、まわりでたちつくす男性のなんとたよりのないことか。心配するだけなら、「どいてろ!」と言いたい。それじゃただの野次馬の特等席のようなものだ。しかも、応急手当をやる人たちのじゃまなだけだし。妨害してどうする。なにもできないなら、観客から見えないようにブルーシートでも、バスタオルでも持ってきて囲うとか、やれることがほかにあるだろうよ。
「こんなことが起きるとは想定外でした。」
そんな言葉が聞こえてくる今回の件。これを機に、緊急事態の対応を協議していただきたい。そして、これはなにも、相撲だけの話ではない。私たち全員にあてはまる話なのだ。
身近な人が目の前で倒れたとき、あなたは行動できますか?
悪いことはいわない。応急手当講習を受けてほしい。資格をキープするためには、3年に一度の講習が必要だけれど、3年もたてば頭も体も忘れていることだらけだ。ぜひ、3年に一度、再講習を受け続けてほしい。救命救急センターの医師たちも言っている。
「いざというときに大切な人を守れるのは、医師でも救急隊員でもない。一番そばにいる、バイスタンダーだ」と。
※応急手当講習は、近くの消防署などでも行っているので、ネットで確認してみてください。
岩貞るみこ|モータージャーナリスト/作家
イタリア在住経験があり、グローバルなユーザー視点から行政に対し積極的に発言を行っている。主にコンパクトカーを中心に取材するほか、最近は ノンフィクション作家として子供たちに命の尊さを伝える活動を行っている。レスポンスでは、アラフィー女性ユーザー視点でのインプレを執筆。9月よりコラム『岩貞るみこの人道車医』を連載。
《岩貞るみこ》
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