軽自動車のハンドルが「遠い」のはなぜ? 軽ならではの深い事情とは【岩貞るみこの人道車医】
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1)ブレーキペダルに合わせてシートの前後を合わせる。
2)ヘッドレストと後頭部に隙間が開きすぎないよう適切(で快適)な角度に背もたれを合わせる。
3)ハンドルの3時と9時をそれぞれ両手で握って、肘が軽く曲がる位置にハンドルの位置をチルト(上下調節)&テレスコピック(前後調節、以下テレスコ)で合わせる。
これが、試乗するときの私の合わせ方である。(このあと、シートベルトの高さとヘッドレストの高さも合わせるけれど、それはさておき。)
けれど、軽自動車にはテレスコがない(ホンダの『N-WGN』についたけれどその話はあとで)。となると、ハンドルが遠いのだ。ハンドルの12時の位置なんて、中指の第一関節をひっかけるのがやっと。これで、どうやってハンドルをぐるりと切れと?
背もたれをもっと立てろとか、シートスライドで座面を前に出せとか言われるけれど、そうすると体の硬い私、カカトをつけてのアクセル&ブレーキペダルの踏みかえが超絶やりにくい。これが世の中で頻発しているペダル踏み間違え事故の一因なのではと思うくらいだ。なぜ、テレスコはないのか?
ケチってんじゃねーよ!(某公共放送の5歳児キャラクターの口調でどうぞ)
今や、被害軽減ブレーキや踏み間違い防止装置など安全技術がフル装備の軽自動車も登場しているというのに、それよりドラポジをちゃんとさせる方が先だろう、つけようよ、テレスコ!
と、ぷんすか怒っていたら、ホンダがN-WGNにつけてくれた。だけど、期待値MAXでいたのに、実際はわずかに前後に30mmしか動かない。ハンドルは相変わらず遠い。いや、かなりいいんだけど大満足とはいいがたい。なぜこんな短いテレスコを?
ケチってんじゃねーよ!(上記に同じ)
しかし、調べてみると、軽自動車ならではの深い事情がからんでいた。そうだよね、開発者だって、これでよしと思っているわけじゃないんだもの。
◆衝突安全性とパッケージ、軽自動車ならではの理由
理由は大きくわけると二つ。ひとつめは、衝突安全性だ。
軽自動車の多くはノーズ(エンジンのあるところ)が短い=衝突したときにつぶれてエネルギー吸収するところが短い。でも、安全は乗用車同様に確保しなくちゃいけないから、運転者とハンドルまでの距離も乗用車と同じようにとらなくちゃいけない。
じゃあ、テレスコはというと、ノーズが短いゆえ、エンジンルームから、ハンドルの生えているインパネまでの距離も短いため、衝突したときにハンドルが運転者に加害しないようシャフト(ハンドルがひまわりの花だとすると茎の部分)を縮ませるのが難しく、長いテレスコをつけられないのだという。
ふたつめの理由は、軽自動車のパッケージ。ユーザーが好む車内空間を作るために、全長に制限のある軽自動車は、どんどんノーズが短くなる。しかも、特に背の高いワゴンタイプの場合、シートアレンジだの、高い着座位置だのといった要求にも応えなくちゃいけない。
すると、運転席のシート位置は、前側&高めの位置になる。そのシートに座った運転者の胸の位置から、衝突のときでも安全なハンドルまでの距離を保とうとすると、ハンドルは運転席から遠くなる。しかもハンドルの面が上を向くように作らざるを得ない。
ひまわりの花は、横向きではなく天井に向かって咲くイメージである。こうなると、テレスコをつけたとしても上方向に伸びるため、「テレスコのおかげで、運転しやすくなった」という状況にはならないのだ。
では、チルト(上下調整)でシャフト(茎)ごと角度を変えればいいかというと、今度は運転者のひざに当たらないよう、ハンドルの奥にある速度計などにかぶらないようにしなくちゃならない。
じゃあじゃあ、シャフト(茎)の角度はそのままに、ハンドルだけ、ぐっと手前に曲がるようにすればと思うのだが、それはそれで、少しでも軽く作りたいこの部分に角度調整装置をつけると、振動が出たりハンドルをまわしたときに違和感が出たりと調整が大変なのだという。
部品を増やすということは、お金もかかるし重さも増える。ついでに、調整装置をつければそれだけ開発の時間もお金もかかるわけで、限られた条件のなかで価格と商品性のバランス命の軽自動車は、大変なのだ。単純に私が、
ケチってんじゃねーよ!
と、ぷんすか吠えていればいいわけじゃなかった。すみません、開発のみなさん。
◆何を守るための基準なのかを考える、ということ
しかしホンダは、たとえ30mmとはいえ、テレスコをつけた。ドラポジはそれなりにとりやすくなったし(ハンドル操作もスムーズでしてよ)、これを見たライバルメーカーも刺激されて、うちもやったるぜとめらめら燃えている。ここはちょっと期待したい。
そして。軽自動車やコンパクトカーでハンドルが遠いなと感じているユーザーの皆さんは、広くて使いやすい軽自動車のよさを享受しつつも、なんとか工夫して、可能な範囲で適切なドラポジを探して、運転していただきたいと切に願っております、はい。
ちなみに、私は当初、衝突安全実験のダミー人形が身長175cm、体重78kgと大柄なことが、軽自動車のハンドルが遠い原因だと思っていた。そんな大きい人に合わせるからハンドルを遠くしなくちゃいけないんじゃないの? と。しかも、実験するときの乗車位置は「スライドレールの中心」と決められていて、それってダミー人形の適切なドラポジでもない。ものすごく理不尽だと思っていたのだ。
でも、ダミー人形のサイズは関係なかった。というか、骨密度が低下する高齢者へのシートベルトの加害性を減らすべく、これからはもっとハンドルは遠くなるのでは? という噂も聞く。それは困る。これ以上、遠くなるのなら、逆にテレスコを標準化してもらいたいくらいだ。自動車メーカーは、ちゃんとドラポジがとれるように作らなくちゃだから、大変になるけれど。
あれもこれもとNCAPの衝突安全基準は増えているけれど、一度、何を守るための基準なのか、全体を見直してほしい。切に願っています。
岩貞るみこ|モータージャーナリスト/作家
イタリア在住経験があり、グローバルなユーザー視点から行政に対し積極的に発言を行っている。主にコンパクトカーを中心に取材するほか、ノンフィクション作家として子どもたちに命の尊さを伝える活動を行っている。レスポンスでは、アラフィー女性ユーザー視点でのインプレを執筆。コラム『岩貞るみこの人道車医』を連載中。
軽自動車のハンドルが「遠い」のはなぜ?軽ならではの深い事情とは【岩貞るみこの人道車医】
《岩貞るみこ》
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