事故車を「AI査定」する時代 カーオーナーのメリットは?… 英国では実用化も
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◆アジャスターの役割
自動車保険のアジャスターは、事故車査定のプロフェッショナル。ドライバー、修理工場、損害保険会社それぞれに大きな影響を与える、重要な役割を担っている。
それゆえに、自動車工学をはじめ、進化し続ける自動車の構造や高度な安全運転支援システムはもちろん、修理技術や見積技法、適正な保険金支払いのための知識や賠償に関わる法律、道路交通法などに精通していなければならない。なお、日本の場合は、一般社団法人日本損害保険協会が実施する試験や研修などをクリアした人だけが「アジャスター登録」され、自動車損害保険会社または鑑定事務所などに所属している。
アジャスターは、事故車が入庫された修理工場に赴いて、車両を確認する場合もあれば、修理工場から提出された損傷画像や概算修理費(見積額)をチェックして査定する。修理工場によって、技術力や作業スピード、導入設備が異なる点などもしっかり考慮し、概算修理費が妥当かアジャスターが判断する流れとなる。必要に応じて協議が行われ、自動車保険の支払い額が決まる。
特に最近の新型車は、自動ブレーキをはじめとする安全運転支援システムが搭載されているために修理が難しく、修理工場やアジャスターでも概算修理費の算出は容易ではない。ドライバーにとっては、まったく見当がつかない領域だ。車のプロたちが迅速に進めても、ある程度の時間がかかるのは想像に難しくないだろう。
◆広がり続ける「AI査定」
近年、人工知能を用いた「AI査定」が注目を集めている。不動産や中古車、ブランドバッグなどの査定額を、数分でAIが算出するシステムが実用化され、ネット環境があれば誰でも気軽に利用できる。また、国内の損害保険会社もAI査定などの実用化に向けて積極的に実証実験が行われており、今後幅広い分野で拡大していくことが予想される。
このような背景の中、2020年3月26日に、損害保険会社 Ageas(アジアス)が、事故車のAI査定を英国で実装中という情報が入ってきた。Ageas社が導入したAI技術は、英国AIスタートアップ企業 Tractable(トラクタブル)が開発。 Tractable社は、日本を含め世界中でAgeas社が実装中のAIソリューションを展開する予定だという。
事故車のAI査定は、自動車保険のアジャスターが行う業務をはじめ、修理工場、ドライバーにどのようなメリットをもたらす可能性があるのか。Tractable社の日本オフィスに問い合わせたところ、取材が実現した。
◆ Tractable社 日本オフィスにて取材
今回、取材にご協力頂いたのは、Tractable 日本カントリーマネージャー兼APAC統括責任者の堀田 翼氏と、モーターエンジニアの細淵 優太郎氏のお二人。Tractable社は、ベンチャーキャピタルから5,500万ドルの資金調達を受け、ロンドンに本社を起くAIスタートアップ企業。ニューヨークや日本にもオフィスがあり、スタッフ約110人で自動車事故・災害時の損害査定に特化したAIを開発している。
―― 編集部
いつ頃から、事故車のAI査定事業に取り組まれているのでしょうか?
―― 堀田氏
2014年の設立時からです。AIを活用し、社会的な課題を解決するのが弊社の大きなミッションです。損害保険会社のアジャスターや事案担当者の高齢化、人材不足などの課題解決策として、生産性向上のためにAI査定ソリューションを提供してきました。
―― 編集部
2020年3月に発表された英国の事例(事故車のAI査定実用化)ですが、どのような状況で役立つのか、具体的に教えてください。
―― 堀田氏
自動車事故時に、保険加入者が保険会社に電話をする際、オペレーターから「携帯番号宛てに、AI査定WebアプリのURLを送っても良いでしょうか」と尋ねられます。
保険加入者がURLを受領後、クリックするとWebアプリが起動します。保険会社に連絡している最中にスマートフォンで損傷画像を送信するだけで、数分以内に全損などの判定結果がわかるようになります。単なるビジョンではなく、実際に実装化していることがポイントです。将来的には、日本でも同様のソリューションを展開したいと考えております。
―― 編集部
なるほど。ほどんどのドライバーは、全損や修理費は想像できないので、それらが判明するまで、とても不安な時間が続きます。それが損傷画像を送るだけですぐにわかるのは本当に画期的ですね。保険会社のアジャスターや修理工場の作業負担軽減にもつながるでしょうし、契約している保険会社経由の判断という意味でも安心感があります。
英国での事例は、撮影環境や査定に必要な撮影箇所、枚数など、条件はありますか?
―― 細淵氏
撮影環境は「人が目で見て判定できる環境」であれば、AI査定が可能です。当社のAIは、ディープラーニング技術により、1億枚以上の事故画像データを学習しておりますので、精度の高さには自信があります。
車両の右斜め前、左斜め前、右斜め後ろ、左斜め後ろの4箇所に加え、損傷箇所を2~3枚、Webアプリで撮影して頂ければAI査定が可能です。
―― 編集部
状況によると思いますが、事故後に気が動転しているドライバー自らが、そういった写真を撮影できるでしょうか?
―― 堀田氏
ケースバイケースですが、そこから得られる便益と、アプリの操作性によるかと思っております。英国では、数分で全損判定されるというのが最大の便益です。アプリの操作性については、英国のトライアルでは、ユーザーから5点満点で4.75点というフィードバックを得ており、高齢者でも“使いやすい”等のコメントをもらっております。これからも事故時でもわかりやすくご活用頂けるように、UI(操作画面)、UX(ユーザー体験)の改善を続けていく予定です。
―― 編集部
判定結果ですが、英国の事例サンプルとしてTractable社が正式に公開されている日本語訳のイメージ画像を見ると、初回見積額と修理明細が表示されていますね。右Frフェンダーの交換部品代については、作業時間や部品がOEMの場合の価格など細かくあり、ドライバーとしても修理費の目安になると思います。
―― 編集部
日本での展開について教えてください。
―― 堀田氏
改めてお伝えいたしますが、弊社のミッションは、AIという先端技術を活用して、社会的な課題を解決することです。
特に日本では、高齢化や若手の採用・育成難に伴い、オートアフターマーケット業界全体の生産性を大幅に改善しなくては、現状のサービスレベルを維持できない、という課題に直面しております。加えて、今回の新型コロナにより、更にその緊急度が高まったと認識しております。
現在は、損害保険会社様と様々な検討を進めさせて頂いておりますが、ぜひ、自動車ディーラーや中古車販売店、修理工場、リサイクルパーツ事業者様とも意見交換をさせて頂きたいと考えております。
―― 編集部
多くのドライバーは、事故に遭った際、修理にかかる費用は見当がつかないものです。AI査定で簡単に概算だけでもわかるようになれば、修理するか、買い替えるかの判断材料になります。また修理を行う場合、実際に修理工場から提示された概算見積額が適正なのか、ドライバーは判断できないからこそ、AI査定額は良い指標として役立つと思います。AI技術の活用はカーライフに多くのメリットをもたらす可能性があることを実感できました。ありがとうございました。
《カーケアプラス編集部@金武あずみ》
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