クルマの塗装面に “剥がすための塗料” を塗布し、好みの塗料を “上塗り” してボディを色替え。高圧洗浄機で水を吹き付けると上塗りした塗料が剥がれる設計で、走行時の雨や風で剥がれることはない。
そういった特徴がある、画期的な塗装技術「剥がせるボディカラー」を、トヨタ自動車とKINTOが鋭意開発中だ。この塗装を新型bZ4Xに施した特別モデルが、2022年4月20日~5月1日の期間限定で羽田空港に展示され、注目を集めた。
1台のクルマを長期保有するユーザーが増える背景の中、より個性的なカーライフやボディ保護につながる提案として、ボディカラーの “色替え” に着目した動きといえるだろう。
剥がせるボディカラーは、トヨタ自動車とKINTOが今年1月に開始した、クルマのオーナーに向けた愛車カスタム・機能向上サービス「KINTO FACTORY」のメニューとして2022年内に提供予定とのことだが、7月末時点において、具体的な情報はあまり開示されていない。
正式リリースが待たれる中、当編集部は「剥がせるボディカラー」開発担当者である、トヨタ自動車株式会社 先進技術開発カンパニーの山口 賢二氏と、株式会社KINTO 総合企画部の濱田 優氏のお二人にオンライン取材のかたちで詳しい話を聞いた。
日本のカーオーナーが「限定的な色」を選ぶ点に着目
クルマ購入時に奇抜なボディカラーを選ぶと売却時の買取査定で “売れにくい車” と判断され、下取り価格が下がったり、全塗装された車は修復歴を隠していると疑われる…。そういったマイナス要因を避けるために、日本のカーオーナーは購入時から無難なカラーを選び、その後も色替えを行わない。
このような傾向に着目し「後から塗装を剥がしても、元のボディの色に影響がない技術があれば、さまざまな色を楽しんでもらえるのではないか」との発想から、剥がせるボディカラーの企画がスタートしたと、トヨタ自動車の山口氏は話す。
また山口氏は、トヨタ自動車の数ある技術シーズのひとつとして、剥がせるボディカラーが開発途上だった中で、トヨタ自動車とKINTOによる「KINTO FACTORY」のメニューとして提供することで、1台のクルマに長く乗り続けるカーオーナーのニーズに応えられると考え、本格的な開発に至ったという。
トヨタ品質と施工の効率化を重視
トヨタ自動車の山口氏は、剥がせるボディカラーについて「奇抜な色を塗った後も、期間限定で剥がせるところが特色」と話す。その実現のために技術開発において、トヨタの品質として見栄えの良い仕上がりと耐久性を実現し、環境に配慮しながら効率的に施工するために、フィルムではなく、塗料を選択したという。
フィルムは、後から剥がせる利点はあれど、ユーザーの希望に合わせてフィルムをカッティングする工程が発生する。ボディに凹凸があると継ぎ目が出たり、シワがよる場合もあり、貼り直すと材料費がかさんで作業時間が長くなりコスト高になってしまう。一方、塗料であれば、曲面への追従性が高くアールが多いボディ形状でも、一定の品質で美しく仕上げられる。また水性塗料の使用で、施工スタッフの健康面や自然環境に配慮できることもあり、様々な面で有用性の高い塗料を選択するに至ったと、山口氏は教えてくれた。
開発過程で発見された「水で剥がす」剥がし方
トヨタ自動車の山口氏は、塗料の付着力の調整を行う中で、剥がす、剥がさないの議論をしている最中に「水で剥がすのが一番効率的で、環境に優しく、ボディにダメージを与えないのではないか?」との考えに至ったという。
ラッピングフィルムやプロテクションフィルムは、強い粘着力がある糊で貼り付けられているため、熱や薬剤などで糊を溶かして剥がすやり方が一般的とされている。スチームやお湯をかけるなど温めながら手で引き剥がす場合、時間がかかり、剥がす起点を作りづらいなど難点が多い。薬剤を使用する場合は、ある程度強い薬剤が必要なため自然環境に悪影響を及ぼし、塗膜にダメージを与えてしまうケースもある。だからこそ “水で剥がせる塗料” である必要があったというわけだ。
また山口氏は、上塗りした塗料が “剥がれる限度” について、カーオーナーの通常使用で最も強くボディに力がかかる「高圧洗浄機を使用したとき」に設定したという。車両から300ミリ(30センチ)離して高圧洗浄機を使用すれば剥がれないが、それよりも距離が近いと剥がれるため、正式リリース時には注意点をしっかりアナウンスすると、話していた。
塗布&剥がすコストも含めて、提供価格を「検討中」
提供価格について、KINTO 総合企画部の濱田氏は「車両への塗布と剥がす工程をコストに含めたパッケージメニューとして提供予定で価格は検討中です。部分塗装であれば10万円以下を想定しています。全塗装はどうしても高額になるため、トヨタ自動車、KINTOの両社で相談し提供価格を検討している最中です」との回答だった。
また、被害軽減ブレーキや車線はみ出し警報、後方情報提供装置といった先進運転支援システム(ADAS)が搭載された先進安全自動車(ASV)に、剥がせるボディカラーを塗布するケースもありえる。塗布のために、バンパーやグリルなどの脱着作業が発生すると、特定整備認証を取得する事業者による、電子制御装置整備(ADASに関わるセンサー調整や校正といったエーミング作業)を行う必要が出てくる。
このようなケースについて、トヨタ自動車の山口氏は、仕上がり品質や見栄えのために脱着する場合、車両や部位によってセンサー類の調整を行う必要性を認識した上で「脱着せずに上手く塗布する方法を考えています。ユーザーのニーズとコストのバランスをとり、適正価格を提示していきたい」と話していた。
対象車両は、ひとまず「新車」
剥がせるボディカラーは、まずは “新車” を対象にスタートする想定だという。既販車(中古車)に塗布するには、施工前にボディの修復歴や塗膜の状態をしっかり確認する必要があるためだ。事前確認のフローや塗布可能な基準が明確になれば、既販車にも施工していきたい考えだ。
施工作業について、トヨタ自動車の山口氏は「塗装ブースを導入しているトヨタ自動車の販売店での施工を想定しています。全国で一斉に開始するのではなく、地域限定の販売店で対応していく」と話す。
施工作業後の塗装面のキズについては、施工を行った販売店にて、表面のキズを “磨き” で除去。深くキズが入ってしまった場合は、ユーザーと相談のうえ、上塗りした塗装を剥がして再施工する想定とのこと。
塗布の対象範囲は、塗料が塗られている面のみ。タイヤハウスのような樹脂パーツや、カーボン調のフィルムが貼られているBピラーなど、塗装されていない部分には塗布できない設計だという。
カラーバリエーションは、100色以上を用意。アンケート調査で、サイドミラーやルーフに塗布したいニーズや、マットカラーなど新車時に選べない色への関心が高かったことがわかったという。短期的・長期的な見栄えの品質とコストのバランスをとりながら、特殊な特別色も実現していきたい考えがあるようだ。
トヨタ自動車とKINTOが本腰を入れて開発している「剥がせるボディカラー」は、現時点で検討中の部分が多いものの、1台のクルマに長く乗り続けるカーオーナーが “色替えしたい” と思った時に、現実的な選択肢のひとつになりそうだ。水で剥がせる塗装技術が、自動車アフターマーケットにどのような影響を与えるのか、2022年内の正式リリース後の動向も目が離せない。