今年10月から「OBD検査」が本格導入されるが、いまいち把握できていない整備事業者は意外と多いのではないだろうか。
国土交通省は、OBD検査の円滑な導入に向けて昨年10月からプレ運用を開始し、その中で判明した様々な課題や対処方法などを「OBD検査準備会合」を通じて広く情報公開しているが、それらの情報を理解して準備を進めている整備事業者は少なく、OBD検査対象車を所有するユーザーにおいては、ほとんど認知が進んでいない。
OBD検査について、整備事業者やユーザーが知っておくべき重要なポイントは、どういったことなのか。正確な情報を知るために国土交通省へ取材を申し入れたところ、OBD検査制度の策定に携わる国土交通省 物流・自動車局 自動車整備課 整備事業指導官の村井章展氏に話を聞くことができた。
OBD検査時はユーザー責任でDLC装着装置を取り外す
―― 編集部
レーダー探知機やエンジンデータ表示機、テレビキャンセラーといったカー用品を利用するために、データリンクコネクタ(DLC)に外部装置を装着しているユーザーが多い中で、OBD検査時は受検者(ユーザー)が外部装置を事前に取り外す運用を予定されていると思います。
この件について、指定工場をはじめとする整備事業者とユーザーへの周知徹底や注意喚起が必要だと思うのですが、国土交通省としての考えを教えてください。
―― 村井整備事業指導官
DLCに外部装置が装着されているとOBD検査を行えないため、ユーザー責任としてOBD検査前に外部装置の取り外しが必須となります。OBD検査対象となる国産車は令和3年(2021)10月1日以降にフルモデルチェンジされた新型車で、令和6年(2024)10月から対象となる車両は限られています。急にすべての車両がOBD検査対象になるわけではありません。
すでに自動車技術総合機構の審査事務規程の「第4章 自動車の検査等に係る審査の実施方法」に、“OBD検査対象車にあっては、当該自動車のデータリンクコネクタには何も取付けられておらず、検査用スキャンツールを接続できる状態”と明記されているのですが、まだまだ整備事業者の間でも周知が広がっておらず、ユーザーにあってはそもそもOBD検査を知らない人も多いです。
OBD検査時に整備事業者が、DLCに装着された外部装置を取り外したことで不具合が発生した場合、整備事業者が責任を問われてしまいます。そうならないように、DLCに装着された外部装置をユーザーが取り外してからOBD検査を受ける必要があることを、整備事業者がユーザーに説明しやすいように情報を記載したOBD検査の案内を4月以降に発行する予定です。
通信の「成立」が重要
―― 編集部
DLCに装着されている外部装置はいくつかあり、DLC装着でアクセサリー電源化したり、DLCにカーシェアリング装置を装着しているケースもあります。「第3回 OBD検査準備会合」資料6-1「プレ運用等で明らかとなった課題」項番5に明記されている通り、カーシェアリング装置の場合は、装置の取り外しでエンジン始動不可となり、再始動のためには遠隔でのロック解除手配を要請する必要があるためカーシェアリング装置を取り外すことができない課題が判明しているかと思います。
この場合、DLCに装着された装置を取り外せない点が問題だと思いますが、DLCに装着した外部装置を介した車両CAN通信によりECU(電子制御ユニット)が通信異常になるケースはあるのでしょうか?
―― 村井整備事業指導官
大前提として、OBD検査時に検査用スキャンツールを接続できる状況にすることは受検者の義務です。その点を確認した上での回答として、準備会合で報告された以外のトラブル事例はいまのところ、まだ報告がありません。
OBD検査対象の電子制御装置は、大きく分けて環境系(排出ガス関係装置/排出ガス発散防止装置)と安全系(安全関係装置)の2種類があります。このうち環境系装置については、現在の保安基準においても国際規格に適合するスキャンツールとの通信成立性が要件として規定されていますので、DLCに装着した外部装置を通じて車両CAN通信を変更してECUに悪影響を与えたことで環境系装置に接続できず、通信不成立で情報を読み出せない状態は、現在においても、OBD検査対象車以外の車両でも保安基準不適合になります。
OBD検査時に、自動車技術総合機構のサーバーと環境系装置が通信できなかった場合は、その時点で不合格です。安全系装置には、環境系装置のような基準がないため通信不成立でも直ちに車検不合格にはならないように制度設計が行われていますが、車両の通常の設計上、環境系装置は通信できて、安全系装置には通信できないといった器用な仕組みにはなっていません。
サードパーティ製品の使用はユーザー責任
―― 編集部
現在はプレ運用期間中のため、OBD検査対象車以外の車両に検査用スキャンツールを接続すると「特定DTC」確認の模擬が行えますが、環境系で通信不成立になる車両があってもおかしくない、ということでしょうか?
―― 村井整備事業指導官
理論上はそうなりますが、現時点でそのような事例の報告はありません。自動車メーカーがきちんと考えて製造しているので、例えば電子制御装置の経年劣化が原因で通信不成立になるようなケースはありません。
アメリカでは、排気ガスによる大気汚染問題に対応するために1980年代後半から米国自動車技術会(SAE J2012)の国際標準規格(ISO15031-6)によるOBD故障コード検知が行われており、世界中の自動車メーカーは国際標準規格に基づいて車両を設計し、環境系の電子制御装置が経年劣化するような製造は行われていないとの認識です。
ただし、サードパーティ製品をDLCに装着して車両CAN通信に直接介入する場合は、ECUに影響を与えてしまうリスクはあると考えています。OBD検査準備会合の議事録にもあるとおり、自工会はDLCに装着するサードパーティ製品を推奨していませんが、国土交通省としては、使用禁止とはしておらず、ユーザーがリスクを理解して自らの責任で使用頂きたいというスタンスです。
メーカー純正のDLC装着装置について
―― 編集部
「第4回 OBD検査準備会合」資料6-1「プレ運用等において明らかとなった課題」項番8にある、メルセデス・ベンツが提供する純正DLC装着装置(Mercedes me Adapter)の件ですが、標準搭載ではなくユーザーの希望で取り付けているケースもあるようなのですが、メーカー系ディーラー取扱製品をOBD検査時に取り外して不具合が発生した場合もユーザー責任になるのでしょうか?
―― 村井整備事業指導官
メルセデス・ベンツは、同装着装置によるサービスを終了しており、同社の日本法人やディーラーでは、DLCに外部装置を取り付けた状態でOBD検査を行えないことを認識しています。国土交通省としては、ディーラーオプションの外部装置取り付けを否定はしませんが、OBD検査時はユーザー責任で取り外す必要があります。メルセデス・ベンツ製品の事例ではネジで固定されており、普通に取り外せますが、カーシェアリング装置のように、装置の取り外しでエンジン始動不可になるような改造が行われている場合は、ユーザー自身では対応が難しくなるかもしれません。いずれにせよ、DLCへの外部装置装着自体を禁止しているわけではありません。
―― 編集部
ユーザーも自動車アフターマーケット事業者もDLCへの外部装置装着には注意が必要ですね。OBD検査対象車は、OBD検査時にユーザー責任による外部装置の取り外しが必須になることを、整備事業者や中古車販売店、カー用品製造メーカー、カー用品販売店側からユーザーにきちんと説明する責任があると思います。
OBD検査対象車にサービス提供する機会が多いのは…
―― 編集部
指定工場の整備事業者よりもOBD検査対象車にサービスを提供する機会が多いのは、鈑金塗装事業者、中古車販売店、カー用品販売・取付店の3業種だと思います。新しい車だからこそ、修理や車両売買、用品取付を行うからです。
例えば、OBD検査対象車に鈑金塗装作業を行ってユーザーに納車する時は「特定DTC」が記録されていない状態であるのが望ましいという認識なのですが、鈑金塗装事業者はどのように対応すべきなのでしょうか?
―― 村井整備事業指導官
誤解を恐れずに言うと、ユーザーが「特定DTC」が記録された状態で公道走行することは保安基準違反となりません。なぜならば、走行中に「特定DTC」が記録されていてもユーザーは検知も対処も行えないため、その責任(保安基準違反)をユーザーに求めることは不合理であるからです。
OBD検査時に「特定DTC」が検出された場合は車検不合格(保安基準不適合)となりますが、この基準は車検時のみに適用され、公道走行時には適用されないため、保安基準違反に当たらないという整理です。この件については、平成30年(2018)時点でOBD検査手法を検討していた際に議論に上がり、当時の報告書にも記載されています。
究極的には、コネクティッドで常に車両を見守って、「特定DTC」が検出された場合には整備工場へ入庫するフローが確立できればパーフェクトだと思いますが、そのような技術がいつ実現できるか、わかりません。
衝突被害軽減ブレーキをはじめとする先進運転支援システム(ADAS)搭載率が上がり続ける中、保安基準に規定されているADASが故障した場合であっても、ユーザーによっては故障修理を希望しないケースもあり得るため、故障の有無を検査して修理を行うルール化の必要性があり、OBD検査制度を策定しました。ADASに関わる電子制御装置の故障の有無を車検時に調査して「特定DTC」が出たら修理する。それを制度化したものがOBD検査なのです。
―― 編集部
なるほど。明快な回答を頂き、ありがとうございます。
つまり、鈑金塗装や中古車販売、カー用品販売・取付を行う事業者が、ユーザーに車両を戻す際に「特定DTC」が記録された状態でも保安基準不適合ではないわけですね。とはいえ、ユーザー視点で考えると「特定DTC」が検出されない、車検時に保安基準に適合する状態になっているほうが安心感は高いでしょう。OBD検査以外の場面で記録された「特定DTC」をどうするのか、その判断は各事業者のポリシーに委ねられることを、ユーザーは知っておく必要がありますね。
「特定DTC」を定義するのは自動車メーカー
―― 編集部
A社とB社の異なる車種に、同じ装置が搭載されている場合、同じDTCでもA社は「特定DTC」だとし、B社は「特定DTC」としないということがあるという理解で間違いないでしょうか?
―― 村井整備事業指導官
理論上はおっしゃる通りです。ですが、保安基準不適合となるDTCはすべて「特定DTC」として提出するルールになっています。国土交通省がA社とB社の車種を調査して「特定DTC」に該当するのではないかと疑問に思った際には自動車メーカーに説明責任があります。自動車メーカーがDTCを「特定DTC」として設定しないということは、OBD検査時にユーザー責任で修理を行う必要はないということになり、リコールなど自動車メーカーの責任で対応する故障だという認識になります。自動車メーカーとユーザー、どちらに修理の責任があるのか区別するのが「特定DTC」ということです。
―― 編集部
それはとても重要な情報ですね。今回お話をお伺いできたことで、OBD検査の意義や整備事業者とユーザーの責任範囲が明確になり、OBD検査への理解が深まる貴重な機会となりました。
重要なポイントは、OBD検査時にDLCに外部装置が取り付けられていた場合は、ユーザー責任のもとユーザー自らが装置を取り外して受検する必要があり、DLCへのサードパーティ製品の装着は禁止ではないがユーザー責任のもとECUに悪影響を与えるリスクがあることを、ユーザーはしっかり認識する必要性を感じました。
そして、OBD検査後の走行時や整備、修理、用品取付作業などがきっかけで「特定DTC」が記録されたとしても、公道走行時は保安基準不適合ではないというルールは、覚えておく必要があると感じました。同時に、ユーザーの安全性を重視する事業者であれば「特定DTC」が記録されていない状態で、ユーザーに車両を戻す対応を行うことが事業者としての質を高め、自社防衛にもなるのではないでしょうか。ユーザーはこれまで以上に、車両を預ける事業者を見極めなければならないことも強く感じました。このたびは、貴重な情報を教えて頂き、誠にありがとうございました。