従来の価格交渉のあり方を根本から見直す必要あり! 事故車修理を行う車体整備事業者が損害保険会社と「適切な価格交渉」を促すための施策とは? …国土交通省 村井章展氏に聞く | CAR CARE PLUS

従来の価格交渉のあり方を根本から見直す必要あり! 事故車修理を行う車体整備事業者が損害保険会社と「適切な価格交渉」を促すための施策とは? …国土交通省 村井章展氏に聞く

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2025年3月4日、国土交通省は『車体整備事業者による事故車修理の適切な価格交渉の促進のための施策』を発表
2025年3月4日、国土交通省は『車体整備事業者による事故車修理の適切な価格交渉の促進のための施策』を発表 全 6 枚 拡大写真

事故車修理を行う車体整備事業者に向けて、国土交通省が『車体整備事業者による事故車修理の適切な価格交渉の促進のための施策』を本年3月4日に発表したが、施策の内容をきちんと理解できていない事業者もいるのではないだろうか。

当編集部は、車体整備事業者をはじめ幅広い自動車アフターマーケット事業者に同施策のポイントを正しく周知するべく、施策の立案に携わる国土交通省 物流・自動車局 自動車整備課 整備事業指導官の村井章展氏に取材。施策立案の背景や指針の重要事項、国土交通省の今後の取り組みについて話を聞いた。

国土交通省 物流・自動車局 自動車整備課の村井章展氏

整備業界全体で「価格転嫁」が必要

―― 編集部
昨年3月に『車体整備の消費者に対する透明性確保に向けたガイドライン』を発表され、その約1年後に『車体整備事業者による事故車修理の適切な価格交渉の促進のための施策』を発表されたこの動きについて、どのような背景があるのか教えて下さい。

―― 村井氏
約2年前の令和5年11月末に、内閣官房と公正取引委員会が全業種に向けて『労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針』を発表したのですが、この発表を行うにあたり公正取引委員会が事前に実施した特別調査で、企業間取引(B to B)における労務費の転嫁率が低い業種が浮き彫りになり、自動車整備業は最下位といえる結果でした。国土交通省はこの事実を重く受け止め、自動車整備業界全体で価格転嫁を進めていくべきとの問題意識が高まりました。

またこの頃、コロナ禍による影響もあり原材料や人件費が急騰し、車体整備事業者の価格転嫁がより難しくなっているとの声が我々整備課に届くようになりました。人材確保は整備業界全体の課題ですが、中でも車体整備の鈑金塗装技術は一朝一夕では身につくものではなく、単に人を集めればよいという類のものではないため、中長期的に人材の育成が必要な業種です。

車体整備事業者が適正な料金を収受して賃金に反映し、人材確保と育成を行えるサイクルを作って頂くために、今回の施策や指針の作成を行いましたが、“ 指針を作れば価格転嫁が上手くいく” というものではありません。我々は関係省庁と連携して、車体整備事業者の適切な価格交渉を促進するべく3つの施策(①情報提供窓口の設置と損害保険会社との対話 ②車体整備事業者による適切な価格交渉を促進するための指針 ③「標準作業時間」の調査)を講じていきます。

車体整備業界の価格交渉の健全化のために

―― 編集部
昨年7月から取り組まれている施策①(情報提供窓口の設置と損害保険会社との対話)は、具体的にどのような活動を行われているのでしょうか。

―― 村井氏
情報提供窓口に寄せられた情報は個社・個人が特定されるため公表はできないのですが、確度が高い具体的な情報提供を集めて実態把握を行っています。情報提供者の社名、住所、所属、氏名、価格交渉相手先の社名、担当者名、発言内容といった “ 生の情報 ” が我々の窓口に届いており、金融庁、中小企業庁、公正取引委員会、国土交通省で情報共有しています。

寄せられた情報について、国交省として事実認定を行ったものではありませんが、我々から損害保険会社に「車体整備事業者から、御社との価格交渉に関する情報が寄せられていますが、大丈夫ですか?」と投げかけると、論理的かつ建設的な返答があり、損害保険会社と車体整備事業者の間に大きなギャップや温度差が生まれていることがわかりました。両者が “ 同じ言葉で話せていない” ことを把握したうえで、建設的な対話・交渉を促すため、今回の指針を作成したということです。強制力や罰則はありませんが、我々が行政指導させて頂く際の指針となります。

保険の知識を深め、自社の責任と考えによる見積を作成することが必要

―― 編集部
施策②の指針として、今回『車体整備事業者が取り組むべき事項』を9項目策定されていますが、大前提として車体整備事業者のスキルアップの必要性を感じました。

まず第一として策定された、指針の事項(1)『自社の責任と考えによる見積の作成』を、きちんと行える車体整備事業者がほぼいないのではなかろうかという実態を見る機会が多くあります。行政としては、この点についてどのようなお考えなのでしょうか?

―― 村井氏
まずもって、車体整備事業者が見積を作れなければ、労務費の価格転嫁は行えないと考えます。自社ではなく相手側(損害保険会社のアジャスター)に作成してもらった見積に対して、安い金額を提示されたと反論することが価格交渉ではありません。現下の人件費や原材料費の高騰を受けて、価格転嫁による賃上げを行わないと雇用を維持できず経営悪化に陥るという危機意識がある車体整備事業者は、自社で見積を作成し、値上げの必要性を説明し、相手側と交渉されるのではないでしょうか。

―― 編集部
価格転嫁を望む車体整備事業者自らが見積を作成できないうちは、交渉先から相手にしてもらえない、ということですね。確かにそうかもしれません。

続いて指針の事項(7)『損害保険会社との交渉における留意点』ですが、そもそも道路運送車両法で自動車の保守管理責任はカーオーナーと定められており、自動車保険の仕組みや特約、損害賠償の考え方をカーオーナーが正しく理解しているべきなのに、そうではないケースが多いところに課題があるように感じます。

―― 村井氏
カーオーナーは自動車保険の契約内容や適用範囲を理解しておく必要があるでしょう。ですが、事故に巻き込まれる経験はそう多くないこと、相見積もりを取ることも容易でないことから、カーオーナー自らが車体整備事業者を選択するのは非常に難易度が高いと思っています。損害保険会社と車体整備事業者が交渉して修理作業が行われ、安全かつきれいに修理された車両が戻ってくるという認識で保険料を支払っているカーオーナーが大多数なのではないでしょうか。

車体整備事業者は、カーオーナーの安全・安心のためにきちんと修理して美しく仕上げられるように、スキルを磨き、設備投資も行われていると思います。修理作業同様、保険についてもカーオーナーの代わりに知識や理解を深めることで、損害保険会社と交渉しやすくなるはずです。そういった考えで施策や指針を策定しました。

協定が進展しない場合は契約者=カーオーナーに相談

―― 編集部
指針の事項(8)『協定に時間を要する場合の対応』として、価格交渉が長引く期間の目安が “ 1週間以内 ” とありました。この点について見解を教えて下さい。

―― 村井氏
明確な根拠やこだわりがあって1週間以内としたわけではありません。いわゆる “ 兵糧攻め ” の状況に陥り、車体整備事業者が嫌々ながら条件をのまされているという情報提供が我々の窓口に届いたため、泣き寝入りする前に契約者であるカーオーナーに相談してほしいという考えで策定しました。カーオーナーに相談することで、損害保険会社との交渉が進展するケースもあるでしょうし、対応が不可能な条件は断るという選択肢もあるのではないでしょうか。

―― 編集部
協定中に、車体整備事業者が修理作業を進行しているケースが多いようですが、協定を結ぶまで手を付けない事業者もいると聞きます。

―― 村井氏
後者の車体整備事業者が、正しい対応だと思います。自社が合理的に説明しているのに、先方の不合理な説明で協定が長引く場合は、我々の窓口にぜひ情報提供をお願いします。我々が損害保険会社と対話する際に、複数の車体整備事業者から寄せられた声を伝えることが効果的なケースもあります。

車体整備記録簿(特定整備記録簿)の使用を推進

―― 編集部
今回の指針で、最も画期的だと感じたのは事項(4)『「見積書・領収書」「作業記録簿」の標準様式の使用』として作成された車体整備記録簿(特定整備記録簿)です。右下部には、整備主任者の氏名(検査者の氏名)記入欄もあり、特定整備認証を取得している事業者しか記入できない公的文書が作成されたのだと感じました。

―― 村井氏
そこまでの意図はありませんが、特定整備記録簿としても使っていただけるように、このような様式としました。これまで車体整備事業者向けの標準様式がなかったので、ADAS搭載車の車体整備として必要となる付随作業の項目を見積書・領収書、作業記録簿に含めて標準様式を作成しました。

例えば「運転支援システム調整(エーミング)作業」を行ったが、相手方との交渉の結果、これを無料とする場合でも、見積書・領収書の項目欄は削除せず “ 0円” と記載します。自社で行った作業を無かったことにせず、行った作業はすべて車体整備記録簿に記載して頂きたいのです。また、自動車メーカーの修理仕様書とは異なる作業内容で修理した場合には、その内容と理由を車体整備記録簿に記載する欄も設けました。記載した内容を、きちんとカーオーナーや損害保険会社に説明することが重要です。

「標準作業時間」の調査を行う

―― 編集部
施策③は、今年度から「標準作業時間」について、国土交通省が第三者的立場から今後調査するとありましたが、どのような考えがあるのか教えて下さい。

―― 村井氏
指針の事項(3)『標準的な作業時間と実態を踏まえた価格請求』で標準作業時間について触れていますが、株式会社自研センターが作成した「自研指数」を用いて、車体整備事業者は修理価格を算定されているのが現状かと思います。

自研指数の前提条件を満たしても実際の作業時間と著しく乖離し、該当時間内で作業完了が極めて困難だと考えられる指数がある場合は、自研センターまたは国土交通省の情報提供窓口に具体的な情報提供をお願いします。

自研センターのWebサイトでは、今年2月から「車種別指数情報更新の案内」ページが新設され、指数値算出の基本的な考え方や、自研指数について外部から寄せられた質問の回答も掲載されるようになりました。透明性を高めるための情報開示の動きが促進されておりますので、車体整備事業者の皆様はぜひご確認下さい。

―― 編集部
当編集部では、イギリスの自動車技術研究センター「サッチャムリサーチ(Thatcham Research)」の取り組みに注目しています。

サッチャムリサーチは中立的な立場から、イギリスで販売される自動車の評価・分析を行っており、その一環として車体整備事業者向けに事故車修理トレーニングや、トレーニングの場で裏付けられた事故車の標準的な修理作業時間と、修理に必要な部品のコストなどを算出して車種毎にリスクデータの提供も行っています。イギリスの90%以上の車体整備事業者がサッチャムリサーチの情報を活用し、事故車修理や修理作業費用などを算出しているという情報があり、一定の信頼性があるのではないかと注目しています。

―― 村井氏
それは実に興味深いですね。サッチャムリサーチが自発的な経済活動として日本市場に進出され、自由競争の中で、自研指数と、サッチャムリサーチの指数を車体整備事業者の皆様が比較できる状況があるのはよいと思います。

車体整備事業者の健全な発展に向けて今回の施策を講じると同時に、日本全国どのような地域でもカーオーナーが自動車の修理を依頼できる環境を維持し続ける取り組みを行うことが我々の役目だと考えています。

―― 編集部
廃業や倒産が増えている動きがある中で、車体整備事業者がゼロになる空白地域が生まれないように、様々な施策に取り組まれる考えがあるということですね。教えて頂きありがとうございます。

今回お話を伺えたことで、施策や指針の重要なポイントを理解できました。国土交通省が作成された見積書・領収書・車体整備記録簿(特定整備記録簿)の標準様式をしっかり活用し、車体整備事業者自らが見積を作成してカーオーナーと損害保険会社にわかりやすく説明できるように、車体整備事業者のスキルアップは急務だとわかりました。またカーオーナーの立場としても、損害保険会社にすべてを委ねるのではなく、自身が契約した自動車保険の仕組みや内容をしっかり理解することが自動車を保有するユーザーの責任なのだと、改めて痛感する機会になりました。このたびは貴重な情報を教えて頂き、本当にありがとうございました。

《カーケアプラス編集部》

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