国土交通省は2026年6月24日、「事故車修理の標準作業時間 調査結果について」の報道発表を行った。日本の事故車修理における工賃算出の物差しである「自研指数」の実態を検証した結果、今回算定した工数(CAB工数)においては特定の板金作業で自研指数を最大2.75倍上回るなど、大きな乖離(かいり)がみられた。この調査結果は、単なる業界内の価格交渉に留まらず、最終的には一般ユーザーのコスト、安全性、そしてメンテナンスの利便性が複雑に絡み合う構造的な課題を浮き彫りにしている。
そもそも自研指数は、損害保険各社が出資する株式会社自研センターが算定する標準作業時間であり、車体整備事業者が損保会社へ修理代金を請求する一つの基盤となっている。しかし現場からは「指数時間内では到底終わらない」との不満が長年燻っていた。
自研センターも「重複計上を避けるため準備作業やリフトアップ等の付帯作業を関連他作業に含めている」との見解を同日に公表し、算定思想の妥当性を主張しているが、今回国交省がドイツの認証機関を通じて算出した工数との間に、トヨタ・ヤリス等の検証でこれほどの差が出たことは、現行指数が現場の過度な負担の上に成り立っている可能性を示唆している。

国交省が実態に即した個別交渉の周知や相談窓口設置に踏み切ったことで、今後は工賃(修理費)の適正化が進む見込みだ。これは一見、ユーザーにとって「自費修理時の負担増」や「自動車保険料への跳ね返り」というネガティブなコスト変動に見える。しかし、このコスト上昇(=適正化)を受け入れなければ、車両の安全性や工場の持続可能性は担保できないという強いトレードオフ関係にある。
今回、調査対象となったのは主に外板パネル等の「脱着・取替(板金作業)」だ。現代の先進安全自動車(ASV)において、バンパーやフェンダー、ドアといった外板は、ミリ波レーダーやカメラなどのセンサー類が取り付けられる土台そのものである。これまでの過酷な時間設定のまま、現場が準備作業や丁寧な建付け調整といった「見えない付帯作業」を削らざるを得ない状況が続けば、ボディの復元精度にミリ単位の狂いが生じる恐れがある。土台が歪んでいれば、その後に独立したエーミング(センサー校正)作業をいくら規定通りに行ったとしても、走行中に安全装置が誤作動・不作動を起こすリスクを排除できない。つまり、板金作業の適正な時間確保こそが、ASVの安全性を根底から支えている。
さらに、この適正な工賃(原資)の確保は、「入庫先の確保(利便性)」にも直結する。車体整備業界の深刻な人手不足は、実態を反映しない工賃が生み出した低賃金体質が主因だとも考えられている。工賃が適正化され、現場の待遇改善が進んで初めて、高度なASVを直せる若手メカニックの確保が可能となる。これを怠れば、将来的に「事故を起こしても修理工場がどこも満車で受け入れてもらえない」「数ヶ月待ち」といった、致命的な利便性の低下をユーザー自身が被ることになる。
国交省は今後、関係者間の「対話の場」を設け、指数策定の適正化を促す方針だ。自動車ユーザーも、単に「修理代の安さ」だけを歓迎する時代は終わったと認識すべきである。高度化する愛車を安全に維持し、必要な時にいつでも直せる環境を維持するためには、土台となる板金作業から現場への適正な対価が不可欠である。この構造的因果関係を理解し、アフターマーケットの健全化を注視するスタンスが、これからのカーライフには求められている。

