薄さ2.5ミクロンの塗料で金属を表現した“匠塗り”…マツダの新色「マシーングレー」開発秘話
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その実現に向けた歩みを、マツダ技術本部車両技術部塗装技術グループの寺本浩司氏に聞いた。
◆マシンの質感を塗装で表現する
----:マシーングレーの実現に向けて、まずは何から始めましたか?
寺本浩司氏(以下敬称略):マシーングレーを実現するにあたり課題としたのが、“金属質感”、“鉄の黒光り感”、“みずみずしい艶感”の3つの項目でした。しかし、共創活動のなかで生まれたエモーショナルな表現だけでは、エンジニアには理解してもらえない。そこで今回は初期段階から岡本さん(デザイン本部・岡本圭一氏)たちとコミュニケーションをとって、実現したい価値をエンジニアに理解してもらうことに時間をかけたのです。そうして実現したいことが理解できたときに、我々が得意とするものづくりの部分で実現できるようになりました。
----:マシーングレーの塗装技術はかなり複雑なようですが…
寺本氏:まず、一番下にボディの鉄板があります。その上にサビ止めの塗装を塗ります。ここまでは基本的に同じです。次に塗るのがマシーングレー固有の塗装です。このカラー層を「真っ黒」、「漆黒」の黒で塗っています。その上にメタリックを塗り、透明なクリアを最後に塗ります。通常のメタリック塗装の場合は、色のついたメタリック塗料を1回塗ることで済ませるのですが、マシーングレーの場合は、カラー層とメタリック層を分けて塗っています。このように色を表現するところに2層使う考え方は、パールホワイトやソウルレッドと同じ手法です。
----:手法は同じでも、通常のメタリック塗装とマシーングレーの質感はぜんぜん違いますね。
寺本氏:マシーングレーの質感については、金属質感、マシンを思わせる金属質感とは何か? ということから研究しました。エンジニアは、こういう板(見本として提出されたアルミと鉄の磨かれた金属板)を見せられたときに、「ツルツルにすればいいのか」と単純に考えてしまいがちですが、やはり、これは質感としては鏡やメッキに近くて、マシンの質感とは違うのだと理解しました。
----:鏡やメッキとマシンの質感は何が違うのでしょう?
寺本氏:それを探るために新潟県の燕市まで行って、専門の職人に色々な研磨をしてもらい、その中からマシンらしい研磨をみつけました。そして、我々がどうしてマシンらしいと感じるのか、金属の表面の構造を調べてみました。すると、非常に平らな鏡のような部分のなかに職人が磨いた小さなキズのような凹凸が残っていることに気づいたんです。鏡のような部分に光があたると真っ直ぐに反射しますが、キズの部分は凹凸がある関係でいろいろな方向に乱反射します。鏡のような部分の幾何学反射と乱反射の割合のちょうどいいところがあるのだろうと気づいたのです。
----:そのちょうどいい割合を塗装で再現すればいい、と。
寺本氏:その通りですが、これが簡単なことではありません。金属表面がかもし出す反射特性をどうやって塗装で再現するかが課題になりました。メタリック塗装の中には「アルミフレーク」が入っていて、それがキラキラと反射してメタリック感を出しています。我々は、このフレークの塗装の中に段差をつけて、金属の凹凸と同じような反射を表現しようと思ったのです。段差を変えて反射特性を変えながら、試行錯誤の末にちょうどほしかった「マシンの質感」を探り当てました。
◆光の反射をコントロールする
----:そこからさらに、「鉄の黒光り感」を追求していくわけですね。
寺本氏:メタリック塗装のなかにはアルミフレークが入っていますが、これを鉄に置き換えたらうまくいくかと思ったのですが、鉄は錆びてしまうので使えないんです。やはり、ここはアルミでいくしかない。アルミを使いながら鉄の質感を出す、という矛盾と戦いました。そこでもう一度、原点に返って、アルミと鉄の物質的に特性の差は何かを探りました。両者の反射特性の違いはなにか? じつはアルミは光があたると可視光域の90%の光を反射しますが、鉄は60~65%しか反射しないのです。鉄は光を吸収する、これが鉄特有の黒光り感を出していることがわかったのです。
----:なるほど、鉄と同じように光を吸収できれば鉄の質感が出ると?
寺本氏:メタリック層の下に黒い層を引き、その上の塗装にアルミフレークのすき間を設けます。そのすき間から光が通り、下の黒が光を吸収します。一部はアルミフレークで反射します。アルミフレークは非常に平滑なものなので、鏡のように反射、そして一部が下の黒で吸収…その比率をちょうど鉄と似たようなものとすることで、鉄の表現を実現しています。通常のメタリックの塗装を上から顕微鏡で確認すると、ほとんどアルミフレークで埋まっていますが、マシーングレーではアルミフレークの同士にすき間があるのを確認できます。このすき間の割合をコントロールしているわけです。
----:それをボディに塗れば、マシーングレーのボディができあがるわけですね。
寺本氏:実際にボディに塗っていくということになると、アルミの段差とすき間、つまりアルミフレークの精密な制御が必要になります。アルミフレークの入った塗料をボディの複雑な面に均一に塗っていくというのがポイントです。ここでソウルレッドのときに生み出した「匠塗り」という塗装方法が役に立ちました。匠塗りは塗り方だけが特殊なのではなく、塗料と塗り方、生産設備の行程を含めて全体でねらい通りの塗装をおこなう技術の体系のことです。
----:マシーングレーならではの塗装技術はあるのでしょうか。
寺本氏:塗装機で塗る際に、塗料の粒子にして噴霧していくときの粒子のサイズを精密に制御するという新しい技術を導入しました。これは塗料の粒子1つにちょうどアルミフレークが1つ入るようにコントロールしていくというものです。その粒子をボディ全体に均一に塗っていく。こうすることで、アルミフレークを均一かつバラバラに塗ることができます。塗った直後は色々な向きを向いていますが、この先に「体積収縮」という方法を使ってアルミフレークを平行に並べていきます。
----:体積収縮というのは聞き慣れない言葉ですね。
寺本氏:体積収縮というのは塗った直後の塗膜に含まれる、水分やシンナー(水性塗料なら水分、油性塗料ならシンナー)を蒸発させ、塗装の厚みを薄くしていくことです。この過程でアルミフレークが平行になっていきます。この収縮率を非常に大きくしているのです。
収縮率が大きいということは、水分やシンナーが多い、つまり塗料がサラサラしているということになります。サラサラの塗料をぶ厚く塗るということは、“タレ”がおきやすいということになり、そこが難しい部分になります。そして、最終的に水分やシンナーが蒸発したときに、ぎゅっと縮んでアルミフレークが平行になる。そのときにねらった段差とすき間が空くようにする。その厚みが2.5ミクロンなんです。この2.5ミクロンでちょうどいい感じになるんです。
----:2.5ミクロン。ずいぶん薄そうなイメージですが、実際はどうなのでしょうか。
寺本氏:黒い部分を厚く塗ることでトータルの塗装厚できちんとした性能が出るようにしています。クリアを含めて全体で50ミクロン程度、クリアがないと10~15ミクロンくらいです。厚く塗るのが上等な塗装と思っている人が多いと思っている人も多いですが、けっしてそんなことはありません。
◆塗装の「平滑さ」が重要
----:では、最後の「みずみずしい艶感」はどうやって表現したのでしょうか。
寺本氏:これは塗装表面の平滑さにこだわり実現しています。塗装をぶ厚く塗れば平滑さを出しやすいですが、ぶ厚く塗るためには塗装ラインにボディを2回通したり、大量に塗料を消費したりする必要があります。これは、資源効率の問題やエネルギー問題にも直結します。塗装は自動車製造のなかでもとくにエネルギーを使う分野なのです。いい色だけど環境には悪い…では意味がありません。またラインを2回通すのは生産台数の問題もはらんでいます。ラインを2回通せば、それだけ生産台数は減ってしまいますから。
----:厚く塗らずに平滑にするためにはどうすればいいのでしょうか。
寺本氏:平滑な塗装面を実現するために私たちがおこなったのは、下から順にていねいに平滑にしていくという手法です。ベースの鉄板の表面をきれいにし、下塗り、カラー層、と重ねていくときに平滑になるようにしています。とくにカラー層については公表できない技術を使って平滑になるようにしています。きれいにフレークをならべて、当然クリアも平らな上に塗る。これにより、塗装のなかに映り込んだ景色が非常に美しくなるんです。光が入る角度によって、クリアで反射する光と、奥まで届いて反射する光があります。このように2つの反射の仕方があることが大切なのです。
----:ここまで気をつかって塗られた塗装を、ユーザーが購入後に業者に依頼して磨いたりしても大丈夫なのでしょうか? また、修理のための再塗装は普通にできるのでしょうか?
寺本氏:クリア層の平滑性は高ければ高いほどいいので、購入後に業者の手で磨くことでよりマシーングレーらしさは際立ちます。補修については、従来の調合では同じ色は作れませんから、市場の塗料サプライヤーに機密保持契約をしたうえで技術情報の開示をして、今回の色を出すためのコアな技術を知ってもらい、補修用の塗料を作ってもらっています。塗料がキーポイントですので、ディーラー系とつながりのある板金屋業者で補修することが大切ですね。
《諸星陽一》
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