東京五輪、ドクターヘリ持たない羽田空港の医療体制は【岩貞るみこの人道車医】 | CAR CARE PLUS

東京五輪、ドクターヘリ持たない羽田空港の医療体制は【岩貞るみこの人道車医】

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君津中央病院のヘリポートで待機する君津ドクターヘリ。千葉県は、日本医科大学千葉北総病院の北総ドクターヘリとの二機体制。
君津中央病院のヘリポートで待機する君津ドクターヘリ。千葉県は、日本医科大学千葉北総病院の北総ドクターヘリとの二機体制。 全 8 枚 拡大写真
【羽田空港の医療体制】2020年の東京オリンピック&パラリンピックに向けて、気になるのは、海外から多くの選手団や観光客を受け入れる羽田空港の医療体制である。羽田空港といえば、年間8000万人が利用する世界第5位(2016年度)の空港。働いている人だけでも5万人にのぼる。

「空港の事故というと航空機事故を想定しがちですが、実は多くの人が集まっていて、毎日、巨大イベントが行われている状況なんです」

そう指摘するのは、君津中央病院救命救急センター長である北村伸哉医師だ。君津中央病院は千葉県二機目のドクターヘリを配備し、羽田空港まで12分で到着できる位置にある。東京湾をはさんで目と鼻の先にあるとはいえ羽田空港は東京都、君津ドクターヘリは千葉県ゆえ、これまで出動が要請されたことはない(呼んではいけないという決まりは当然ない)。しかし、羽田空港には天下の東京消防庁の蒲田消防署空港分署が配備されている。救急隊のほかに特別救助隊もいる。それに東京には名だたる救急病院がいくつもあるのだ。なんとかなるのではと思っていたら、北村医師はひとつのデータを見せてくれた。

◆“プレホスピタル・タイム”とは

119番通報で救急隊が出場してから、医療機関に収容するまでを“プレホスピタル・タイム”と呼ぶが、これの平均時間は、東京消防庁管内(離島などを除く。以下同じ)が39.7分であるのに対し、羽田空港国際線旅客ターミナルでは52.2分なのである。えらい違いだ。なぜ、そんなことになるのだろうか。

北村医師によると、

1)救急車の誘導ルートが複雑で長いうえ、滑走路や格納庫、航空機駐機場所などの制限区域内は航空局の車両に先導される必要がある。

2)救急隊員が救急車を降りてから、患者の元に到達するまで、複雑で広い建物内を移動する。救急隊員が保安検査を受けなければ入れない区域もある。

3)羽田空港が主要な救急医療施設が集約されている都心から離れている。
などを挙げている。

羽田空港のプレホスピタル・タイムを細かく見ると、119番通報から救急車が到着するまで8分前後かかっている。同じ“羽田空港内”といっても空港の敷地は広く、しかも、走れるルートも決められている。救急車の先導役になる車両への連絡がスムーズにいかなければ、ロスタイムも発生する。

続いて、救急車がビルの入り口に到着したのちは救急隊員が徒歩で患者のもと急ぐわけだが、この間、羽田空港全体の平均で5.2分かかっている。機内からの要請の場合は平均12.7分で、制限区域内からの要請だと、なんと平均20.1分。都内の平均が1.6分であることを考えても、羽田空港内では救急車を降りてから救急隊員が患者のもとにたどりつくまで、そうとうな時間を要していることがわかる。

◆ヒースロー空港で活躍する「自転車救急隊」

広さ、複雑なビル内部の動線、セキュリティ。空港での救急活動とは、そんなものなのか? その問いに対し北村医師は、2012年にオリンピックが開催されたロンドンのヒースロー空港を視察したときのデータを見せてくれた。年間旅客者数は約7300万人、従業員数は約7万6000人と、規模は羽田空港と同じくらい。ところが、ヒースロー空港の999番通報(日本の119番)から救急隊が患者のもとに着くまで、平均2分というのである。2分! 羽田空港だと、最短でも13.2分(救急車8分+徒歩移動5.2分)ですよね?

いかにしてこれを実現しているかというと、ヒースロー空港内では、パラメディック(日本でいうところの救急救命士。ただし、行える医療行為はもっと多岐にわたる)が作る自転車救急隊(Cycle Response Unit=CRU)が活躍しているというのだ。彼らは自転車操作の特別な訓練を受け、迷路のようなヒースロー空港内に熟知し、しかも保安検査は当然、免除されているという。

自転車救急隊は、ロンドン市内を管轄するLAS(London Ambulance Service)という、消防から独立して救急業務を担当する組織に属している。LASでは、通報時に生命が危険な状態にあるカテゴリーAと判断された患者なら、『通報から初期治療を開始するまで8分以内』という目標値が設定されている。そのため、ロンドン市内では救急車だけでなく、バイクや自転車のほか、医師が直接、患者のもとに向かうドクターカー(ラピッドカー)やドクターヘリ(救急ヘリ)を駆使して対応にあたっているのだ。それは、ヒースロー空港内もまったく同じなのだという。空港内では自転車救急隊が一番、機動力を発揮するため、彼らが先着する。そこで病院搬送の必要があれば、救急車が要請される。ちなみに救急車のドライバーは、空港内ライセンスを持ち、羽田空港のように先導車がなくても現場に急行できるようになっている。

北村医師によると空港内での傷病者の半数近くは軽症で、救急車の対応は必要ないという。ヒースロー空港の場合、自転車救急隊の導入後は救急車を要請する回数が減り、年間5000時間の救急車の稼働を減らせたという。燃料費にして3万ポンド(執筆時のレートは1ポンド約150円)というからかなりの金額だ。

◆東京都にはドクターヘリがない

さて、東京オリパラ。東京消防庁の救急車は、各競技会場で待機することが予想されるため、ただでさえ稼働する救急車の数は少なくなる。そして、羽田空港には大量の選手団や観客がつめかける。当然、傷病者も増えるはずだ。こうなると、我々はこの期間、都内で交通事故を起こしている場合ではない。

そしてもうひとつ。羽田空港のある東京都はいまだにドクターヘリが配備されていない。成田空港ではすでに、飛行機が止まる駐機場にまで千葉県ドクターヘリが医師を運び初期治療を開始しているというのにだ。

羽田空港で多数傷病者が発生したら、都内の救急病院だけでは対応できず、患者の広範囲への分散搬送、及び、医師の現場投入が求められる。しかし、いまの羽田空港の医療体制はあまりにも頼りない。せめて、君津ドクターヘリをはじめとする、東京都をとりまく埼玉、神奈川、千葉のドクターヘリを要請できる体制を整える必要があると強く感じている。

岩貞るみこ|モータージャーナリスト/作家
イタリア在住経験があり、グローバルなユーザー視点から行政に対し積極的に発言を行っている。主にコンパクトカーを中心に取材するほか、最近は ノンフィクション作家として子供たちに命の尊さを伝える活動を行っている。レスポンスでは、アラフィー女性ユーザー視点でのインプレを執筆。9月よりコラム『岩貞るみこの人道車医』を連載。

《岩貞るみこ》

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