2023年9月14日、「8C」型を名乗る第三世代ロータリーエンジンを搭載した『MX-30 ロータリーEV』が日本市場向けに発表された。ロータリーエンジンの復活は、「RENESIS」を名乗る「13B-MSP」型を搭載した『RX-8』の販売終了から11年ぶりのことだ。
世界初の直噴ロータリーエンジンとして登場した今回の8C型。組み立ては1974年以降、10A型、12A型、13A型、13B型、そして3ローターである20B型を請け負ってきた広島県安芸郡府中町の本社地区にあるエンジン組み立て工場が担当する。
◆PHEVの発電用エンジンとして搭載される8C型ロータリー
MX-30 ロータリーEVはPHEV(プラグインハイブリッド車)として販売される。マツダによると、MX-30 ロータリーEVは「BEVとしての使い方を拡張した独自のPHEV」であり、同時に「BEVとして長距離を走る場合の航続距離や充電などを気にしたくない」というユーザー心理に対する回答であるとも説明する。
MX-30 ロータリーEVの二次バッテリー容量は17.8kWh(『CX-60』のe-SKYACTIV PHEVと同容量)で、BEVとして107km走行できる。ちなみにマツダの市場調査によるとPHEVユーザーの1日あたりの走行距離は100km以下が9割を占めるという。
この107kmとは、WLTC値でのEV走行換算距離:等価EVレンジ、及び充電電力使用時走行距離:プラグインレンジでの値。参考までに、欧州WLTP City モードで110km、Combine モードでは85kmだ。
MX-30 ロータリーEVのベースとなるMX-30は、まずマイルドハイブリッド(24V系)を「MX-30 e-SKYACTIV G」として2020年10月に発売し、続けてBEV(35.5kWh)を「MX-30 EV」として2021年1月に発売した。そして今回、PHEV(8C型)が「MX-30 ロータリーEV」として受注を始めた(販売は11月頃)。
共通項は3モデルとも同じボディを使い、BEVやPHEVを見据えた車両構造技術である「SKYACTIV-ビークル・アーキテクチャー」を採用している点。つまり、開発の初期段階から3モデルが構想されていた。
◆「BEV」を強調するマツダ、その真意は
MX-30 ロータリーEVは世界中から注目を集めているロータリーエンジンを発電用として搭載した。にもかかわらず、BEVとしての成り立ちを強調するマツダ。その真意はどこにあるのか。MX-30 ロータリーEVの主査(開発責任者)である上藤和佳子さんに話を聴いた。
「BEVに興味があっても航続距離や充電環境などの制約から購入に不安を感じている方もいらっしゃると思います。我々は新たな選択肢として、普段はBEVとして、ロングドライブではエンジンによる発電で長距離走行ができるモデルの実現を目指してきました。いわゆるBEVとしての使い方を拡張したPHEVモデルがMX-30 ロータリーEVです」。
ではなぜ、ロータリーエンジンを新規開発し、発電専用にしたのか?
「ロータリーエンジンは、同程度の出力を持つレシプロエンジンと比べて小型です。我々が新開発した発電用ロータリーエンジン8C型は排気量830ccで最高出力53kW(71ps)/4500rpmを発生します」と、省スペース性を第一の特徴に挙げた。
続けて、「コンパクトな8C型ロータリーエンジンを、薄型で高出力なジェネレーター及び、最高出力125kW(170ps)を発生する高出力モーターと組み合わせて、それらを同軸上に配置し一体化することで、室内空間などを犠牲にすることなく搭載できました」と具体例を紹介する。
MX-30 ロータリーEVのエンジンルームを確認すると、MX-30 EVでぽっかりと空いていたエンジンルーム右側(左前タイヤ側)にエンジンユニットが搭載されているが、それでもなおスペースには余裕がある。吸気ダクトなどに隠れてエンジン本体はよく見えないが搭載位置もかなり低い。
改めて8C型は排気量830cc×1ローターで、ローター幅は76mm、創成半径は120mm。RX-8が搭載していた13B型のRENESIS(654cc×2ローター)は同80mm/105mm。比較すれば創成半径が大きくトロコイド曲線も大きくなるが、ここは燃焼効率とのトレードオフ。MX-30のエンジンルームに発電用として収めるには省スペースでなければならず8C型では薄くすることにも注力したようだ。
小さく、薄く、しかも部品点数が少ない。また、回転運動だけで成立するため振動が小さく、静かだ。発電用としてもロータリーエンジンが向いていることがわかった。
◆8C型ロータリーを理解するための3つのヒント
とはいえ、疑問はつきない。今回の取材では8C型の開発を担当されたエンジニアの方々にそれらを直接ぶつけることができなかったが、それでも3つのヒントが得られた。
1つ目が「省スペースを実現した上での軽量化」。8C型ではサイドハウジングをアルミ化することでエンジン単体で約15kg以上軽く(RX-8の13B型RENESISとの比較値)仕上げることができた。
この軽量化は、マツダの第6世代商品群から搭載している「SKYACTIVエンジン」がシリンダーヘッドの鋳造段階で採用している技術を活用しつつ、新しい溶射技術(高速フレーム溶射/粉末状の溶射材とキャリアガスを圧縮空気と混合して2000°以上で溶射)の組み合わせで実現した。
2つ目が「発電に特化したエンジン特性」。8C型の最高出力53kW(71ps)、最大トルク112Nm(11.4kgf・m)は、ともに4500回転で発揮する。一方、発電時の常用回転数は2300回転に設定された。
これまでロータリーエンジンといえば、同クラスのレシプロエンジンに対して熱効率が低いことなどから燃費数値が悪化する傾向にあった。しかし、発電用に特化する(=回転変動を抑え、常用回転域を定める)ことで燃焼効率はレシプロエンジンと同等以上に高められる。
最後の3つ目が「ロータリーエンジンを核としたマルチ電動化プラン」。この考え方は2017年に公表された「サステイナブル“Zoom-Zoom”宣言2030」に端を発するもので、5つの項目に分類されたうちのひとつとして、マルチ電動化プランが謳われている。
そこでは、「(北欧に代表される)クリーン発電地域や、(北米など)大気汚染抑制のための自動車に関する規制がある地域に対して、BEVなどの電気駆動技術を2019年から展開する」、と示されていた。そして公約通り、2019年にノルウェー・オスロで開催された「Mazda - Global Tech Forum 2019」では、具現化した車両としてプロトタイプを披露した。
◆4年前に見せていたマルチソリューションの可能性
「e-TPV」と名付けられたそのプロトタイプは、『CX-30』のボディに電動駆動用として最適化されたSKYACTIV-ビークル・アーキテクチャーのボディ構造を組み合わせたBEVモデルだ。後のMX-30 EVの原型でもある。
筆者は当時、e-TPVの取材機会を得ていたが、驚いたことに会場にはボディ(上屋)こそなかったが、今回のMX-30 ロータリーEVそのものである「ロータリーエンジン+高出力モーター」を組み合わせたプラットフォーム(土台)が展示されていたのだ。今から4年以上も前の出来事である。
さらにその会場では、「マルチソリューションへのアプローチ」として、ロータリーエンジンを組み合わせたBEVレンジエクステンダーやシリーズハイブリッド、プラグインハイブリッド、次世代ハイブリッドなどが細かに説明され、加えてロータリーエンジンを固定内燃機関としたマルチ電動化技術の優位性も説かれていた。
また、ガソリン/CNG/LPG、そして水素と、燃料の種類を問わずに燃焼させることができるロータリーエンジンの強みが示され、外部給電機能をはじめ、今にも通ずるさまざまなV2Xが描かれていた。
現在、水素を燃料とする内燃機関車両の開発が活発だ。わかりやすいところでは、スーパー耐久シリーズ(S耐)を舞台にトヨタ『GRカローラ H2 コンセプト』(ST-Qクラス)が着実に成果を上げている。
一方、マツダではその水素をロータリーエンジンで燃焼させる水素ロータリーエンジンを1991年に発表(プロトタイプ「HR-X」に搭載)していた。組み立ては8C型と同じ本社地区のエンジン組み立て工場で行われた。
ご存知のとおり、水素は燃焼させてもCO2(二酸化炭素)の発生がなく、NOx(窒素酸化物)にしても発生量が少ない。また、水素は単位重量当たりの発熱量がガソリンの約2.7倍(出典/岩谷産業)と高い。こうしたことから、水素は燃やしても環境負荷が低く、高効率なエネルギーであり、さらに省スペースで小型なロータリーエンジンとの組み合わせは、将来性が高い。
◆駆動用ロータリー復活への期待
マツダは2022~2024年を電動化時代に向けた開発強化時期と定め、電動化プランの第1フェーズ(全3フェーズ)を着々と進めてきた。MX-30 EVやCX-60のPHEVの導入がそれだ。
続く2025~2027年は電動化プランの第2フェーズに入る。ここではハイブリッドシステムを一新し、世界市場にBEVを投入、広島を含めた中国地方での開発に注力するとした。
そして第3フェーズとなる2028~2030年では、電動化を本格化させると発表。これら3つのフェーズを踏まえつつ、2030年時点での世界市場におけるBEV比率は25~40%の枠を想定しているという。
第三世代のロータリーエンジンとして誕生した8C型。今回は発電用だが、世界中のマツダファンからすれば駆動用としてのロータリー復活にかける期待は大きい。
30年以上の経験をもつ水素ロータリー技術や、2030年時点でも60%以上は内燃機関搭載車が残るとの目論見などから、この先、駆動用としてのロータリー復活は十分あるのではないか。MX-30 ロータリーEVを目の当たりにし、近い将来への大きな期待を抱くことができた。この先にチャンスがあれば、MX-30 ロータリーEVの走行性能を公道で確認したい。