国内の軽商用EV市場が活性化する中、三菱自動車工業株式会社(以下、三菱自動車)が、昨年末の12月26日(火)に、軽商用EVの新型車「MINICAB-EV(ミニキャブイーブイ)」を発売し、注目を集めた。
今回編集部では、MINICAB-EVの発売に合わせて三菱自動車に国内販売における考え方、海外への展開、また今回のMINICAB-EVの特徴に加えて、変化する国内軽商用EV市場の捉え方などについてお話を伺った。
平坦ではなかったMINICAB-EV発表までの道のり
三菱自動車は、国内の軽商用EVとしては初の量産モデルであり、2011年の発売からの累計販売実績が1万3,000台を数える「MINICAB-MiEV(ミニキャブミーブ)」を手掛けた国内市場における軽商用EVのパイオニアだ。
そんな三菱自動車がこれまで得た知見やノウハウ、実績を基に、特に商用・物流領域においてのラストワンマイル配送とCO2削減に貢献していくために、MINICAB-MiEVを“進化”させたのが「MINICAB-EV」である。なおMINICAB-EVは先代モデルから安全性能の向上も図られ、電子制御装置対象車両となっている。
ただ、今回のMINICAB-EV発売に至るまでは、紆余曲折があったことがうかがえる。参考までに直近の時系列を整理すると…
・2021年3月にMINICAB-MiEVの一般販売終了(一部法人生産は継続)を発表
・2022年11月に一般販売終了前と同仕様で販売を再開
・2023年11月に新型MINICAB-EVを発表
となる。つまり、今回の新型MINICAB-EV発表のちょうど1年前に、一旦は一般販売を終了したMINICAB-MiEVを再販しているのだ。
ニーズに応えた再販と新型へのアップデート
この理由をMINICAB-EVの商品企画責任者であり、同社の商品戦略本部 チーフ・プロダクト・スペシャリストの藤井康輔氏に聞くと
「MINICAB-MiEVは一定のお客様に支持されていたものの、国内においてなかなかEV化が進まない現状も鑑み、一旦は一般販売の終了を決めました。しかし、この頃から政府のグリーン成長戦略の強化に伴い、国内におけるEV化の機運が少しずつ高まってきたこともあり、お客様から我々の想像以上に継続販売の要望が届きました。そのため、それらのニーズにお応えするべく再販を決めたという経緯があります」とした上で「もちろん再販する以上、要望の多かった航続距離の延長などを含め、機能を強化する必要があったのですが、開発にある程度の時間を要することから、まずは再販の日程を最優先するという形で、一般販売終了時と同じ仕様での再販という形を取りました」と新型発表前の先代モデル再販について話した。
使用実態と価格を両立させるベストな航続距離
MINICAB-EVの大きな特徴としては、先代モデル比で約35%増となった180kmの航続距離が挙げられる。この180kmという設定について、藤井氏は「航続距離は使い勝手だけを考えれば、長いに越したことはありませんし、MINICAB-EVにも航続距離を伸ばすためのバッテリー搭載は物理的には可能です。しかし、我々が重要だと考えるのは使用実態と価格のバランスであり、仮に大容量のバッテリーを搭載すれば、それだけ価格は上がります。また弊社が独自に独自に調査した軽商用バンの1日の平均走行距離データ(90km以下が80%以上)を見ても、やはり現時点では180kmという設定がベストと考えています」と説明。加えて、先代モデルからの航続距離の延長と価格抑制という両立を果たした上での判断であることも強調した。
ASEANというマーケットの重要性
近年、三菱自動車はタイやインドネシアなど、東南アジアを中心としたASEAN諸国への展開にも注力している。この背景には東南アジア地域の道路事情と日本の商用・物流領域を担う軽商用車がうまくマッチしていることが挙げられる。
これに関連し、2023年2月にはMINICAB-MiEVをインドネシアで海外初生産するというリリースも発表しているが、国内販売強化の流れの中で、MINICAB-EVの開発のタイミングがうまくマッチしたことから、機能的に優れているものを導入するのがベストだという考えのもと、インドネシアでの生産についても当初の計画から柔軟にMINICAB-EVに変更したことを明らかにしている。
また同社のアセアンA・オセアニア本部 インドネシア事業部部長の川路健市氏は、海外での初生産がインドネシアになったことについて「2021年よりインドネシアでMINICAB-MIEVの実証実験を現地の企業と行っており、それらのデータの積み上げに加えて、BEV戦略における大統領令が制定されている点も追い風となりました。まずは少量ではあるものの、現地で生産展開をすることで、市場にも政府にも弊社のBEVの周知とPRを図れるということから決断しました」と話した。軽商用EVの海外展開は他社でもあまり例がないことから、この三菱自動車の取り組みには注目が集まっている。
三菱自動車が考える軽自動車×EVのポテンシャル
国内の軽商用EV市場は前述の通り、今春にかけて特に動きが活性化する。具体的な動きとしては、トヨタ・ダイハツ・スズキの3社で共同開発する車種が導入を発表しているほか、ホンダは現行の「N-VAN」シリーズに電動車の「N-VAN e:」をラインナップし、今年春頃の発売を予定している。
藤井氏はこれらの動きについて「これまで軽商用EV市場は、我々の想定ほど拡大が進まなかったのですが、今後政府が掲げるカーボンニュートラル戦略の推進や充電インフラの拡充、そして弊社のMINICAB-EVを含めた各社の新型車投入というトリガーもあり、来年度以降、急激に伸びると考えています」と見通しを話した。
その中で、注目したいのが三菱自動車の国内における車種の販売ラインナップだ。登録車のアウトランダーやエクリプスクロスは「PHEV」であり、eK X EVや今回のMINICAB-EVなどの商用を含む軽自動車は「EV」という戦略が透けて見える。日本国内のEV市場は、三菱自動車と日産自動車が同一プラットフォームで販売する軽EVの「eK X EV」と「SAKURA」で販売の約半数を占めるような特殊な市場であることから、登録車、軽自動車、商用などセグメントごとの戦略が重要である中、三菱自動車の現在のラインナップはその点、明確に意図しているように見える。
この点を藤井氏に聞くと「航続距離、バッテリーの小型化による価格抑制の観点や我々が重視するライフサイクルアセスメント(=製品やサービスに対する環境影響評価)を考えると、我々としては軽自動車こそが最もBEVにマッチした商品であると思っています。登録車については、前述のライフサイクルアセスメントを考えると、大型化すればするほどCO2の排出量も増えることから、現在はPHEVが最適解であるという考えの上で、車種をラインナップしています」と戦略の一端を明かしてくれた。
また「各社とも軽自動車の海外展開は様子見のところはありますが、個人的に軽自動車のポテンシャルは非常に高いと思っています。欧州やアメリカでは大型のバンが主流ですし、日本独自の軽自動車の規格が海外の法規に合わないなど、クリアすべき課題はありますが、ポイントごとにニーズは必ずあると思っています。小回りが効き、乗りやすい。この強みをもっとアピールできればと思っています」と軽自動車のポテンシャルの高さを語った藤井氏。
“軽自動車こそBEVに最適な車種”という三菱自動車の戦略は今後また新たな形になって表れてくるだろう。まずはMINICAB-EVが国内はもちろん、初生産となる海外でもそのポテンシャルを発揮するのか、今後の動向に注目していきたい。