キッカケは旧車のハコスカ…中学生の興味関心を将来につなげる長野県飯田市「相互車体」の人材育成 | CAR CARE PLUS

キッカケは旧車のハコスカ…中学生の興味関心を将来につなげる長野県飯田市「相互車体」の人材育成

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長野県飯田市「相互車体」で、地元の中学生が整備や鈑金塗装を体験
長野県飯田市「相互車体」で、地元の中学生が整備や鈑金塗装を体験 全 14 枚 拡大写真

自動車整備・鈑金塗装の現場では人材不足が深刻化し、離職率の高さも問題視されている。整備業界の将来が危ぶまれる中で、旧車のハコスカ(日産スカイラインGT)に惹かれて整備・修理に興味をもった中学生たちに“本格的なメカニック”の面白さを伝え、次世代につなげる若手人材育成に注力する事業者がいる。

今年2月、長野県の飯田市内の中学校に通う男子生徒3名がコンビニの駐車場で旧車のハコスカに遭遇。最近のクルマとは違う角張ったボディや丸目4灯の車体を撮影したくて、彼らはカーオーナーに声をかけた。

少年たちが、飯田市内のコンビニで目にしたハコスカ(2023年11月開催「飯田 丘のまちフェスティバル」名車展示出展時の様子)

「旧いクルマが好きなら “相互車体”に行けば、もっといろんな面白いクルマがあると思うよ」

と、カーオーナーはハコスカの整備・修理を任せている整備工場の名を少年たちに伝えた。それがキッカケとなり、少年たちは飯田市中村の相互車体を目指す。同社の内山嘉彦会長と内山広之社長は、寒空の中、自転車に乗ってあらわれた少年たちの訪問を快く受け入れた。

旧車の整備・鈑金塗装が強みの隠れ家的な整備工場

一見カフェのようだが、手前がフロント受付・待合室で、奥に整備ピットがある

「クルマが好きで、エンジンのガチャポンを探してうろついてたみたいです。当社にあった旧車のステッカーやらいろいろプレゼントしました。旧車オーナーさん同士のつながりで当社にお越しくださるケースはありますが、お客様のススメで地元の中学生が訪問してくれたのははじめてのことで、嬉しかったですね」

と内山会長は当時の様子を振り返り、笑顔をみせる。

少年たちが訪問した相互車体は、内山会長が初代社長として1988年(昭和63年)4月に設立し、農業機械の修理も請け負うほど柔軟な地域密着の整備工場。国産・輸入車を問わず自動ブレーキが搭載された最近のクルマの整備や鈑金塗装ももちろん行っている。

同時に、旧車の整備・修理を積極的に行っているのも大きな特徴。東京など遠方からはるばる愛車を持ち込むコアなクルマ好きから頼りにされている。

自然と旧車好きが集まったわけではない。入手困難な旧車パーツは自作したり、レストアを手掛ける技術力があり、内山会長自らブログやSNSで長期的に旧車特化の情報発信を継続する戦略的なマーケティングが実を結んだ結果といえるだろう。茶目っ気がある内山会長の人柄に惹かれて訪れるクルマ好きも多い。待合室はカフェバーと見間違うほどで、中庭は西洋のガーデンテラスを思わせる雰囲気があり、隠れ家的なプロショップとして旧車オーナーの間で知られる存在となった。

旧車のアルファロメの背景にある整備ピットでは新型車のエーミングなども対応。右側にある庭木の形状はトトロ!?
右側手前から、スカイラインGT-R、180SX、NAロードスターと、ヤングタイマーな旧車が並ぶ
カフェーバーそのものな待合室
季節によって表情を変える中庭(2023年11月)

少年たちの声で実現した、職業体験学習

そんな相互車体に、自転車で訪れた少年たちのエピソードには続きがある。旧車に興味津々だった彼らの様子をみて、内山会長が職場体験を勧めたところ「わかりましたっ!」とハツラツとした気持ちの良い返事でこたえ自転車で帰っていった。

内山会長は少年たちを誘ったものの、実のところ、彼らが通う中学校と相互車体は交流がなかった。正式な受け入れには手続きが必要で、募集を行っても本当に申込があるとは限らない…。

一抹の不安は杞憂だった。飯田市教育委員会事務局 学科教育課から職場体験学習の申入依頼があり、少年3名の通う中学校から正式な申込が届いた。トントン拍子で職場体験学習が確定したが、学校主体の定例行事ではなく、中学生の明確な意思で実現するケースは稀だろう。

7月2日~4日までの3日間、相互車体で職場体験学習が行われた。社員総出で整備や鈑金塗装の流れを説明。安全のため長袖・長ズボンのつなぎ姿での体験となり、暑さの中で苦労もあったと思うが、初めて手にした専用機材の重さやパワー、プロの職人の技術力を間近で見たことは少年たちの記憶に残る出来事になったのではないだろうか。

整備・鈑金塗装の技術を丁寧に教える

相互車体では、以前から若手の育成に熱心で、常に門戸を開いている。

長野県飯田技術専門校 自動車整備科の「塗装講習」で内山会長が外部講師を務めたり、同校生徒が出場した『Honda エコ マイレッジ チャレンジ全国大会2023』のエントリーマシン作りを内山会長と内山広之社長が全面的にサポートしている。また、内山広之社長の母校である下伊那農業高校 農業機械科の職場見学を2022年から受け入れているほか、27年前から中学校の職場体験学習にも協力している。相互車体による塗装講習や職場体験・見学がキッカケで、入社した若者・お客様になってくれた若者も少なくない。

長野県飯田技術専門校 自動車整備科「塗装講習」で、内山会長が外部講師を務めた(2019年11月)
相互車体が全面協力し、エコラン出場に向けて骨組みからエントリーマシンを制作(2023年7月)
ボディもカッコよく仕上がったエントリーマシンで、エコランを見事完走(2023年9月)
「飯田 丘のまちフェスティバル」では、エコラン・エントリーマシンの展示も行われた(2023年11月)

慢性的な人材不足といわれる状況だが、相互車体のように若手を受け入れ、教育機関と連携しながら整備・鈑金塗装の技術を教える取り組みはとても大切であり、この積み重ねが、整備業界を目指す若手を育てることにつながっていく。

2008年から公益社団法人自動車技術会が開催する小学生を対象とした体験型イベント「キッズエンジニア」や、9月28日・29日に九州で初開催される「ジュニアメカニック2024@福岡」は、業界団体や複数企業の協力のもと、将来的に“なりたい仕事”として若年層と保護者がメカニックに興味・関心を持ってもらうことを目的に企画されており、地道ではあるが、イベントや職場見学などで、体験の場を設ける必要性は高いように感じる。

今後の業界を担っていく若手を受け入れる整備事業者の責務は重い。将来の整備人材を増やすには、現在のメカニックたちが置かれている環境が重要で、国土交通省が策定した「自動車整備士等の働きやすい・働きがいのある職場づくりに向けたガイドライン」に準じた取り組みは必須といえる。国土交通省は「車体整備の消費者に対する透明性確保に向けたガイドライン」も公表しており、整備事業者は自動車ユーザーに向けたコンプライアンス遵守の情報発信も欠かせない。整備事業者は自社の体制を見直して、若手や既存社員、自動車ユーザーにとって最良な取り組みを行うことが、将来につながっていくのではないだろうか。

《カーケアプラス編集部@金武あずみ》

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